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日刊工業新聞への寄稿

公開日 2010年08月23日

 

地方経済の再興に向けて −施策に柔軟さと経営感覚− 〔平成22年9月27日〕

 

 地方経済の長引く疲弊の背景には、人口減少に伴う足元の経済規模の縮小がある。こうした構造的な要因を抱えた地方経済の再興を図るためには、総力戦的な取り組みが必要だ。民のみならず官も、また、生産現場の強化から販路開拓まで、あらゆるプレーヤーがあらゆる面において、知恵を絞り汗をかかねばならない。

 地産外商へ総合施策

 県内の商品販売額がピークの1997年から約2割も落ち込んだ本県にとっては、地のものを外にいかに売り込んでいくかが課題である。この「地産外商」を進めるべく、公社を設立して、県産品フェア、商談会の創出といった取り組みを現在、懸命に進めている。

 ただ、少なくとも本県の場合は、この販路開拓活動のみでは足りない。開拓しようとする販路に見合う量を準備できるのか、質の均質性を保てるのかといった点を意識して生産地の作り込みを行うことが必要となる。1次産業に比較優位を持つ本県では、自然条件の変化に対応できる高い技術を持った産地作りに官民協働で取り組む必要がある。さらに、1次産業から派生する産業をいかに育てるか。経済全体への波及効果を確保する観点からも重要な仕事である。一次産業由来の食品加工業の振興は大きな課題だし、一次産業の産地やそれを支える自然をテーマとした滞在型、体験型観光の振興も重要だ。産地の技術向上、派生産業の育成といった事柄について、本県では、地域ブロックごとに官民協働で5W1Hを明確にしたアクションプランを作って取り組みを進めている。

 しかし、これでもまだ足りない。一次産業の担い手が急速に減少しているという厳しい現実がある。10年後には一次産業に比較優位があるとさえも言えなくなってしまうのではないか、というのが我々を突き動かす最大の危機感である。本県では例えば農業の担い手確保のために、就農希望者に対する研修や利用可能な耕作地の情報提供体制を充実し、地域コミュニティーにも橋渡しする、といった総合的な施策を講じている。

疲弊の悪循環を防ぐ

 要するに、私の実感するところ、地方経済の振興を図るために、官が果たすべき役割は非常に大きいということだ。「官から民へ」を推し進め、規制緩和等を通じて自由競争の行われる環境を整え、これによって民間の創意工夫を引き出していくという、大きな方向性に全く異存はない。競争下における民間の創意工夫こそ、経済活力の源であろう。

 ただ、人口減少による足元の経済の縮みという、かつてない状況にさらされ疲弊している地域と産業がある。民間で自由にどうぞ、というのではすまない地域と産業があるということだ。生産効率化、商品開発、販路開拓、いずれも一定の体力がなければ成し得ることではない。地方経済が、体力がないから競争に参加できない、だからますます衰えるという悪循環に陥ることを防ぐためにも、官は一定の役割を果たす必要があるだろう。

実行性確保の仕組みを

 地方の官がこうした役割を果たしていくに当たっては、二つの点が重要だ。第一は、地方自治体の創意工夫を後押しする国の施策体系の確立である。一次産業を主要産業とする本県では先述の様な施策をとっている。当然のことだが、強みとする分野の異なる他の地方では、全く別の施策が必要とされるであろう。国の施策にも地方の多様性を踏まえた懐の深さが求められる。

 第二は、施策の実効性の確保する仕組み作りである。この点に関しては官と民の決定的な違いをよく自覚しておかねばなるまい。官は倒産することがない。このため、講じた施策の実効性や結果を、あまり気にしないという状況に陥りがちだ。自治体首長の自覚がなによりも重要であろうし、施策のPDCAサイクルによる検証を、外部の民間目線でもって厳しく行う仕組みを制度的に組み込んでおくことも重要だろう。

 地方ごとに講ずべき処方箋は異なる。国はこの多様性に対応していかねばならない。そして地方の側も民間並みの経営感覚で事に当たらねばならない。柔軟で商人感覚も併せ持った坂本龍馬。そのふるさとにて敬愛する偉人の特性が今も光ることを改めて思う。

 (日刊工業新聞 2010年9月27日付「卓見異見」に掲載)


 

支えあいの力を意図的に −地域福祉、官の役割大きく (平成22年8月23日)

 

 地方の中の地方の行政に携わっていると、官から民へとの大きな流れの中にあっても、官の役割をじわじわと拡大せざるを得ないと感じられる分野がいくつか出てくる。その顕著な例は福祉の分野であろう。

<孤立深める高齢者>

 言うまでもなく、人はお互いに支えあって生きている。かつては、血縁や地縁といった社会に内在する力がこの「支えあい」の担い手となっていた。しかし、急進する人口減少・高齢化に伴い、地方部ではこの「支えあい」の力は明らかに弱まってきている。

 特に、中山間地域においては、この「支えあい」の力の減少に伴い、一人暮らしの高齢者の孤立といった危機的な状況が生じている。中山間の高齢者にとって、まず確保することが困難となるのが生活の足である。買い物のできる場所は、地域の人口減少に伴いだんだんと遠のいていく。医師不足が叫ばれる中、人口の少ない地域で十分な医療水準や介護サービスを確保することは容易ではない。必然的に遠隔地で買い物や通院をせざるを得なくなるが、その足をどうするのか。加えて、移動が困難となり、コミュニケーションがだんだんと薄れてくると、独り暮らしの高齢者の日々の消息確認さえも困難となる場合も出てくる。

 これらは従来地域社会が引き受けてきた役割である。かつては、生活のために欠くべからざる食糧を売る場所は近くにあった。介護が必要となっても、血縁者を初めとした近所の若者達がその役割を担った。まして、日々の消息など意識しなくても明らかであった。しかし、今日においては、この「支えあい」の力は、民間活力の発揮のみに任せるのではなく、官民協働で意図的、政策的に作り出していくべきものなのだ。これは明らかな政策課題である。本県では移動販売を支援したり、協定を結んで新聞配達に併せて消息を確認して頂くといった施策を実施しているが、より一層の充実を模索している状況だ。

<縦割り制度見直しを>

 こうした「支えあい」の力を維持するためには、資金面、マンパワー両面において、莫大な公的資源が必要となる。当然、最大限の効率化が求められるのであり、そのために、ここでもまた、地域の実情にあった政策展開を許す仕組みが必要となる。

 福祉施設の設置基準などに典型的なように、福祉の分野で一律に国が基準を定め全国に適用しようとしても無理がある。面積要件、職員配置基準などを全国一律とすることは、施設の固定費レベルを全国的に統一することに等しいが、これでは利用者の少ない中山間地域では民間では施設を運営しえないこととなってしまう。障害者支援、介護、子育てといった形で、施設サービスが縦割りとなっていることも対応を困難としている。中山間地域では複数分野のサービスを一度に提供することで利用者の数を確保することが有効なのだが、現行ではこうしたサービスはいわゆる制度サービスの対象外となってしまう。地域の足の確保、見守りの強化、遠隔地介護、医師確保等々といった各課題ごとに必要な補助レベルなども、対象面積とその人口密度によって全く異なることとなるはずだ。人口密度が疎であれば、当然サービスの効率性は落ちることとなる。

<地方VS中央ではなく>

 都会でも、福祉の分野では、今後官が一層の役割を果たさざるを得なくなるであろう。かつて団塊の世代が多量に流入した都会において、今後高齢者の絶対数が激増するという問題にどう対処するか。地縁、血縁がそもそも希薄であることから来る若者や親の孤立、そしてそれを一因とする児童虐待の増加といった、都市特有の課題にどう向き合うか。

 都市のためにも、中山間地域のためにも、各地域の実情にあった政策展開を可能とする政策決定、実行プロセスの確立を急がなくてはならない。地方分権とか、地域主権等という問題は、中央政府と地方政府の間の権限争いといった低俗な問題では決して無い。解決を急ぐべき、国民の日々の生活に関わる問題なのだ。

 (日刊工業新聞 2010年8月23日付「卓見異見」に掲載)


 

3本の矢が地方を救う −産学官連携で「地産外商」− (平成22年7月19日)

 

<大都市を支える地方>

 大都市における知的な集積は国際競争力の源でもある。こうした大都市の持つメリットは今後も大いに発揮されるべきだ。しかし、今後、わが国が数十年間にわたって抱え続ける歴史的な課題を解決するには、地方の振興がカギとなることもまた忘れてはなるまい。中国、インドの台頭で、食料、エネルギー自給率の向上は差し迫った課題となった。食料をはぐくみ、新エネルギーを豊富に抱く農山漁村をいつまでも後継者不足の状態にとどめてはいけない。出産適齢人口が減り続ける中、出生率を少しでも引き上げ、人口減少の痛みを和らげなくてはならない。

 出生率の低い大都市部に、いつまでも地方から若者を移住させ続けてはなるまい。団塊の世代が多く集まった大都市では、今後は地方を大きく上回るスピードで高齢者数が激増する。これを大都市だけでケアできるのか。施設ニーズだけでも莫大だ。やはり、その負担は地方部とも分かち合わねばなるまい。大都市の今後のためにも、やはり地方を栄えさせる必要がある。

 人口減少により足元の市場規模が縮小する中、地方の振興のためには「地産地消」では足りない。その持てる強みを存分に生かして地元で生み出した付加価値を県外市場で販売する試み、すなわち「地産外商」に踏み出していくことが望ましいであろう。地方は、足元の経済規模の縮小分を外国を含め外部から獲得する富で補わなくてはならないのだ。

 しかし、これは衰退し始めて久しい地方にとって、決して低いハードルではない。当然のことながら地産地消の推進で事足りる場合に比して、乗り越えるべき壁は高くなる。一次産業や自然資源を生かした産業、食品加工、観光などの関連産業には、先述のように追い風が吹く。医療保険制度などでの条件整備が前提となるが、いずれは医療、福祉の分野でも地方は力を発揮することとなるであろう。ただ、これらを十分に伸ばしていくためには、地方の側においても、足りざる点を自覚して、政策的、意図的に条件整備に取り組んでいく必要がある。

<資本・産業蓄積が必要>

 足らざる点の第一は資本蓄積の不足である。域外からも選択されるだけの競争力を得るには、人材と資金と時間をかけての研究開発、商品開発、販売網の確立等々が必要だ。しかし、資本蓄積の薄い地方部には時間をかけて資金を投入し続ける余裕のある企業は少ない。結果として、商品開発意欲は衰え、ますます競争力が減じ・・という負のスパイラルに陥っている。

 第二は産業集積の薄さである。たとえ競争力のある商品を開発できても、産業集積の薄さゆえに商品の製造工程のかなりの部分を域外に依存せざるを得ず、域内への生産波及が小さくとどまる。原材料は地元でとれるが加工は県外で、というケースが本県でも多々見受けられるが、その分付加価値が地元に落ちる割合は低く止まる。

 第一、第二の点に伴い、雇用が不足し、若者が流出していく結果、足元の経済規模はさらに縮小し続ける。地方によっては、併せて知的資産の流出、不足が起こりかねない点も忘れてはならない。これが第三の問題である。

<研究・商品化を支援>

 これらの諸点をどう補うか。大企業の誘致が可能な地域は良い。ただ、それも困難な地域において、一つの解決策は産学官の連携にあるのではないかと思う。まず、大学をはじめとする研究機関は、上述の第三の点を補う。基礎研究の分野よりはむしろ応用研究の分野で、地域資源密着型の研究開発が行われるようになれば、その地方にとっては誠に心強い。この研究開発力を持つ学、それを商品化するノウハウを持った民、ネットワーク構築、資金的な面でこれを支える官−の3者が力を合わせれば、地方においても大企業並みの仕事が可能となる。官は補助金によって減価償却負担を軽減できるし、また、政策金融機関とともに長期融資によって、こうした取り組みを支えることも可能であろう。

 「地産外商」を成し遂げるために必要な力の不足を3本の矢で補う。これが地方の目指す一つの途だ。国策としての後押しが大いに期待される分野でもある。

    (日刊工業新聞 2010年7月19日付「卓見異見」に掲載)


 

政治主導の確立目指して −政治家は情報の交差点− (平成22年6月21日)

 

 空前の龍馬ブームである。英雄にして身近な兄貴のような存在。この二面性によるものか。龍馬の手紙の中に、婚約者お龍を姉乙女に初めて紹介した際の「この女、乙女大姉をして真の姉のようにあいたがり候」との一節がある。婚約者を気に入って貰おうと母親代わりの姉の機嫌を必死に取り結ぼうとするあたり、想いは現代の我々となんら変わらない。

<「出会い」が知見培う>

 ただ、「日本を今一度せんたく致し申し候」とした龍馬は、やはり普通の若者ではない。時代に先駆けて自由民主政体、貿易立国の必要性を説き、この理想に向けて薩長連合、大政奉還を前に推し進めた。これは、彼が柔軟な頭脳、稀有なる人間的魅力を持つに加えて、多くの生きた情報に通じていたからこそである。龍馬は、ジョン万次郎から学んだ河田小龍、幕臣勝海舟より外国の知識、政体を学び、神戸海軍操練所、亀山社中等において身分、藩の垣根を越えて様々な人物と交わる中で各政治勢力の実情に通じていった。「出会いの達人」と称される龍馬は、当時の情報の交差点でもあったのだ。

 翻って、今日の交差点において情報はスムーズに行き交っているか。政治主導の名の下、一時期混乱が生じた。私は、政治主導の目指す所は、狭義には、官僚の持つ膨大な情報と能力を政治が上手く使いこなすことだと理解している。政治は、民意を踏まえて方向性を示し、官僚は科学的合理的な分析を経て選択肢を提示し、最後は政治が決断、結果に責任を持つ。これが政治主導であろう。官僚を排除することでは決してない。官僚を排除し情報不足の中で決断をすれば、情報と分析無き決断に陥ってしまう。政治主導の早期確立を求めたいし、その兆しが見え始めたことに期待している。

 ただ、これは解決を急ぐべき一時の課題に過ぎない。長きに亘りじわじわと行政機構を侵食している、はるかに深刻な構造問題の解決こそが、政治主導に真に期待されるものだ。

<結果責任重視の行政を>

 人口減少と高齢化の進展は、地域社会に大きな負の影響を及ぼす。その進行スピードが大きく異なる結果、地方ごとの政策課題の違いは拡大し続けている。果たして霞ヶ関はこれを把握しきれているのだろうか。生きた情報は地方の側にある。地方の事は地方に聞くという形で政策決定が行われなければ、政策の実効性は担保されない。一見遠回りとも見られるこのプロセスを現実のものとするためには、外部からの力、すなわち政治の働きが不可欠である。

 加えて、政策決定過程をより結果責任を重視したものに導いていくことも政治の役割だ。行財政改革、これは推し進めなければならないが、大きな危険もはらむ。「対策が必要だとは分かっているが、財政再建中のため予算が無いので・・」との論法はやる気のない者にとって実に便利だろう。行財政改革が仕事をしない免罪符として利用されてはならない。実効性には思いを致さず、ただ言い訳ができる程度に適当に、となるのでも駄目だ。民間ならば金がないなら知恵を出し結果を出さねば倒産してしまうが、行政機構にはこうしたインセンティブは働きにくい。

 行財政改革を強力に押し進めていかなくてはならない今だからこそ、日々の行政の行いが人々の暮らしにどういう影響をもたらすかを意識する仕組みを、従来以上に意図的に作っていかなくてはならない。霞ヶ関出身の筆者は、「官僚たちの夏」を地で行く熱意ある人々を多数知っている。しかし、倒産しない行政機構には免罪符が幅を利かせやすい構図があることを忘れてはならない。

<地方と国政結ぶ存在>

 政治家は、日常の政治活動を通じて各地方の生の声を聞き、選挙の洗礼を通じて結果を問われる。だからこそ、政治家が主導権を握ることで、地方と国政を結び、行政に結果責任を意識付けることができる。これこそがより広い意味での政治主導の目指す所であろう。政治家は、地方と国政の、そして、政策とその結果との間で、情報の交差点とならなければならない。龍馬の国にて、自戒の念をこめて決意を新たにしている。 

  (日刊工業新聞 2010年6月21日付「卓見異見」に掲載)


 

追い風を生かして −食料・エネ自給 地方が一役− (平成22年5月19日)

 

<逆風下、期待の新潮流>

 人口減少と高齢化の進展という時代の「逆風」にさらされる地方。他方で、時代の流れの中には地方にとって「追い風」だと期待の持てるものもある。その一つに食料とエネルギーについての新しい潮流がある。

 食料とエネルギーの自給率向上が今再び政策アジェンダとなりつつある。これは、食料・エネルギー安全保障上の課題でもあろうが、両者の構造的な価格高騰に備えなくてはならないという、より切迫した問題でもある。石油資源は、採掘コストの上昇、中国、インドをはじめとする世界的な需要の拡大という構造的な価格上昇要因を抱えている。食料にしてもしかり。世界的な摂取量の拡大や穀物バイオ需要の拡大を受けて、趨勢的な価格上昇は避け難い。活力にあふれる上海万博関連の映像からも、すさまじい多消費時代の到来が予感される。貿易で稼いだ外貨で、食料とエネルギーはいくらでも輸入できる、という時代がいつまでも続くと考えるのは楽観的に過ぎる。

 施策の総動員が求められる。不断の技術開発の取り組みも必要だろうし、国内にとどまらない世界規模の取り組み、例えば、外国における農地開拓といった取り組みも必要だろう。そしてここでもまた、地方を大切にすべきだ、と思うのである。

<中山間農業振興カギ>

 わが国の中山間地域の農業生産額、耕地面積、農家人口が全体に占める割合は、いずれも約4割に達する。大規模農地の一層の生産力向上、更には工場的食料生産といった新しい取り組みも必要であろうが、併せて、急速に耕作放棄地が広がりつつあるこの4割を大切にしなければ自給率向上はなし得ない。輸入品の価格が上がれば国内の食料生産も増え、中山間の耕作放棄地問題も解決する、などとは軽々には言えまい。豊かな作物を生み出す農地はいったん失われるとすぐには復活しない。まして、農地を支える集落の復興は容易ではない。自給率向上のための即効性ある具体策として、中山間地域でも生計が立てられるような農業の確立を目指す総合的な施策が求められる。

 中山間地域では、土地の狭隘さに伴い必然的に少ロットとならざるを得ず、また輸送コストも割高である。こうした地域で生計につながる農業を可能とするためには、いかに単位面積当たりの収量が多く高付加価値な農作物を作るかがポイントとなる。年間に複数回の収穫を可能とするような作物、もしくは、多品種の生産も必要だ。農作業の負担を軽減する機械化の工夫もいる。加工品生産といった水平展開も必要であろう。コメ作りに重点を置いた施策が始まろうとしているが、中山間地域の農業振興について、所得対策にとどまらない技術面の支援も含めた総合的な施策の展開が求められる。

<国産材利用で好循環>

 木材によるバイオチップ燃料、風力発電、太陽光発電、小水力発電等々、半永久的にエネルギー自給率向上に資する再生可能エネルギーが多く存在するのもまた、中山間地域である。本格的な利用拡大に向けてエネルギーの生産効率、安定性等の技術的課題の解決にも力を注がねばなるまい。採算性を向上させるための経済的・社会的な仕組みづくりも必要だ。国産木材の利用率向上により用材生産が増えれば、端材を活用することでバイオチップ燃料のコストも下がる。固定価格買取制度の拡充に加えて、地球温暖化対策の一環として国内排出権取引が現実のものとなれば、再生可能エネルギーによる二酸化炭素(CO2)排出量削減分が中山間地域の所得となり、一層の生産規模拡大、コスト逓減との好循環にもつながり得る。

 龍馬ブームを受けてこのゴールデンウィーク期間中も高知の行楽地は大にぎわい。龍馬を生んだ土佐の地は、生きとし生けるものの楽園でもある。森林面積割合全国第1位(84%)、日照時間、降雨量も全国トップクラス。人口減・高齢化を受けて地方は確かに苦しいが、探し求めれば追い風もまた吹いている。自らの持てるものにふさわしい追い風に意図的に身を沿わし、これを生かしきろうと、努力を重ねる日々である。

 (日刊工業新聞 2010年5月19日付「卓見異見」に掲載)      


 

地方は何と闘っているか! −多様性配慮し政策決定を− (平成22年4月19日)

 

<人口減・高齢化で先行>

 すさまじい逆風である。高知県の知事に就任して2年半、私は日々、人口減少、高齢化のもたらすすさまじい逆風と闘い続けている。

 高知県が人口減少社会に突入したのは、1990年、全国に先立つこと約18年前からである。人口は約82万5000人から現在推定で77万3000人まで約6.3%の減少、高齢化率は28.2%と全国の10年先を行く勢い。この結果、県内経済規模は大幅に縮小し、県内の商品販売額は97年の約2兆円をピークに07年には約1兆6000億円と約2割も落ち込んだ。00年から07年までの景気回復局面でも、ほとんど経済指標が上向かなかった本県。これだけ足元の経済規模が縮んでは、克服することは並みのことではない。

 医療福祉の分野では、さらに負の影響が表れている。「中山間地域では過疎化・高齢化が進んでいる」との表現がよくなされるが、事態の深刻さはそうした表現のもたらすニュアンスを超えたものがある。過疎化ではない、高齢者の孤立化が進んでいるのだ。

 ゆめゆめ遠い四国の出来事だと思うこと無かれ。本県はここ数十年の日本の行く末の、一歩先を行っているだけなのだ。国立社会保障・人口問題研究所の全国将来推計人口によれば、約15年後には日本全体で本県と同じく約6.3%減の水準に達する。真っ先に人口減少高齢化社会に突入した本県は、真っ先にその対症療法を示すことで、新しき時代の先進県になる!それが私の目指すところである。

<地産外商で経済強く>

 経済対策としては、「地産地消」ならぬ「地産外商」が必要だ。足元の市場が縮小する分、外国を含め県外から富を獲得できるよう経済体質を強化しなければならない。孤立の進む中山間地域の福祉政策として、現在の介護、障害者支援、子育て支援、といった縦割りの施設整備ではうまく行かない。一カ所で複数のサービスを提供できる、小規模多機能型の施設整備を進めなくてはならない。

 地方は地方でそれぞれ頑張る。ただ、国全体として、国土の周辺部からじわじわと進行しているこの病にどの様な対策を打ち出せるか。わが国の歴史的課題であろう。           

 個別の政策については、ここでは2点、政策決定のあり方の変更と、そして、分散型国土形成という問題について触れたい。

 第一に、地域の多様性により一層配慮し得る政策決定システムの確立が急務だ。人口減少と高齢化の進行スピードは地方によって異なる。求められる地域振興策、福祉政策等々の方向感からして地域ごとに異なるという時代がこれから何十年か続くであろう。全国一律の政策決定ではなく、地方の実情に応じた政策決定がこれほど求められる時代はない。国は、政策の企画立案段階から地方の意見に一層耳を傾け、一定の幅をもって政策決定を行い、地方がその中から実情に合ったものを選択する、という政策決定システムを確立する必要がある。現在法案審議が行われている「国と地方の協議の場」などもこうしたことを可能とする仕組みの一つであろう。

<分権では足りない>

 第二に、人口減少を食い止める根本的な対策が必要だ。仕事と子育ての両立を図るために何をすべきか、真剣な議論が望まれる。ただ、より大きな流れも見なければならない。多くの若者が集まり、そして出生率の低い地域がある。大都市である。狭く高い家、高い教育費・・・。例えば東京の出生率は全国平均の8割に過ぎない。情緒的な議論を許して頂ければ、わが国は、ほぼ戦後一貫して、子供を育てやすい自然豊かな地方から、必ずしも暮らしやすいとは言えない都市に若者を集中させてきた。

 分権では足りない。地方に若者が定着する分散型の国土の再構築を図ることが根本的な人口減少対策として必要だ。地方に対して、教育、産業、福祉、あらゆる側面からの施策の総動員が必要だ。人口が減っているから地方にはあれもこれも要らない、とのスタンスでは人口減少を追認する結果に終わってしまう。

 空前の龍馬ブームに沸き立つ高知県。日本の行く末を見通した龍馬生誕の地にて、日本の行く末を先取りして体験している私の思いである。

  (日刊工業新聞 2010年4月19日付「卓見異見」に掲載)

 

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