戻る
  ●高知城の紹介
 高知城は慶長5年(1600)関が原の合戦で、天下を統一した、徳川家康よって、遠州(静岡県)掛川6万石の領主であった山内一豊 が新しい領主として入国した時に始まります。
翌年、慶長6年(1601)秋から築城が始まりました。着工から2年後には本丸と詰門、太鼓櫓ができ、全体の完成は10年後の慶長16年でした。

 享保12年(1727)の大火により、追手門ほか数棟を残して焼失しましたが、宝暦3年(1753)に慶長築城の礎石の上に再建し、 それ以後古式を残して現存しています。

 高知城本丸の規模は小さいものだが、当初の形式を残していると考えられている。追手と搦手の二つの門、天守、本丸書院、納戸蔵、東西 の両多聞、追手の廊下門、搦手の黒鉄門、それらを連ねている矢狭間塀などを完全に残している城は全国でも例がなく、非常に貴重な城郭遺構といえる。

 本丸書院には西向きに大きい式台と大床をつけた玄関があり、溜の間、三の間、二の間、次の間、その北側に8畳の上段の間がある。県内 書院造りの最高の格式を持つもので、学術的にも貴重なものである。


高知城ライトアップ
ライトアップされた追手門と天守

 
もっ と詳しく知りたい方はこちら〜高知城HP〜
 
(高知県教育委員会文化財課 文化財班)