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日本初 広域での重要文化財魚梁瀬(やなせ)森林鉄道は中芸地域の森林資源を運搬するために、明治44年(1911年)、日本で3番目の森林鉄道として馬路村から田野町の間に開通しました。その後は路線を延ばし、地域で暮らす住民や生活物資を運ぶ唯一の交通機関として活躍していました。しかし、魚梁瀬ダムの開発に伴って道路が整備され、輸送手段が自動車に変わってきたことから、昭和38年(1963年)に廃線となりました。しかし今年、中芸5町村にまたがる旧魚梁瀬森林鉄道の隧道(トンネル)や橋梁跡など18カ所が、林業技術史上、貴重な土木施設として国の重要文化財に指定されました。町村をまたいだ広域での指定は全国で初めてです。 中芸が一つになって観光振興を「私が森林鉄道に関わったのは、昭和63年(1988年)に馬路村で開催された『森林鉄道を語る会』がきっかけです。森林鉄道の写真を撮り続けた寺田正さんや、「高知のエジソン」といわれた垣内保夫さんなどが参加され、森林鉄道復活の気運が盛り上がり、馬路村内2カ所で機関車が走り始めました」と清岡会長。 その後、平成17年(2005年)に、『中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会』が設立されました。会では、森林鉄道の遺産を地域の宝として後世に残すとともに、遺産を活用した地域づくりを目指しています。それだけに「今回の重要文化財の指定は森林鉄道を核にした中芸地域活性化の絶好のチャンスと喜んでいます」。 現在、各地域で、ガイドの養成や案内看板の取り付け、ホームページの開設など、森林鉄道を地域の観光資源として活用する準備が進んでいます。 「これからは、常勤の職員を置いた中芸の窓口となるしっかりした組織が必要だと思います。そうすれば、さまざまな観光資源も合わせてアピールできます」。森林鉄道は、中芸地域の夢と未来を乗せて、再び走り始めます。
森林鉄道跡の小島橋(北川村)
現在は町道として利用されているバンダ島隧道(安田町)
魚梁瀬には4台の機関車が動く状態で保存されている |
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