| 高知県広報紙 さんSUN高知 平成22年(2010)3月号 No.181 |
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今月の表紙 |
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維新の門と龍馬脱藩の道 (梼原町)文久2年(1862年)春、坂本龍馬は沢村惣之丞(そうのじょう)と共に土佐を脱藩。この時から暗殺されるまでの6年間、龍馬は東奔西走し、新しい時代に向けて活躍します。脱藩直後、土佐藩では吉田東洋が暗殺され、当初は龍馬の関与も疑われました。その後、岩崎弥太郎も大阪に赴きましたが、これは東洋暗殺の犯人を探すためだったとも言われています。 龍馬たちが脱藩できたのは、梼原町の志士、那須俊平・信吾親子の案内があったからだといわれています。梼原町の「維新の門」には、龍馬や惣之丞のほか、この地域周辺から輩出された六人の志士(吉村虎太郎、那須俊平・信吾、前田繁馬、中平龍之助、掛橋和泉)の躍動的な群像が建立され、龍馬たちが駆け抜けて行った道には「龍馬脱藩の道」の道しるべが立っています。 DATA 維新の門へは、JR須崎駅から高知高陵交通バス「梼原」行きで約1時間10分。バス停「梼原」下車、徒歩約5分。JR須崎駅から出発する「タクシープラン」もあります。
龍馬は愛媛県との県境にある「韮ヶ峠(にらがとうげ)」から脱藩した。 |
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