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『憲章簿』第1巻 紹介文
 第1巻には、編者である兼松氏により官掟之部に分類された諸法令・触達を収めます。
 これらは藩の主要法令ともいえるものですが、まず冒頭に長宗我部時代の「長曽我部百ケ条掟」が配され、その後に慶安4(1651)年から幕末の安政4(1857)年までの諸法令が、ほぼ年次を追って収録されています。それぞれの法令・触達には、その時々の社会状況が反映しており、土佐藩政の移り変わりを読み取ることができます。
 巻末には、矢野城樓氏による解説を収載します。



『憲章簿』第2巻 紹介文
 第2巻には、里政之部、浦方之部、山方之部、禽獣之部の諸法令を収めます。
 里政之部には庄屋などの村役人の職務に関する法令がまとめられていますが、それらは藩政初期の慶安4(1651)年から幕末の安政年間までの272項目におよびます。村落支配の末端にあった庄屋がどのような役割を持たされていたかが、これらの法令から読み取れます。
浦方之部には漁村の一般行政や海上交通、諸産物の取り締まりに関する規程がまとめられていますが、それらは寛文年間から安政5(1858)年までの312項目におよびます。たとえば土佐名産の鰹節に関する規定や、街道としての機能を果たした土佐湾の海上交通に関する様々な規定などが見られます。
山方之部には林業関係の諸法令が収められますが、元禄年間から安政5年までの99項目におよびます。土佐藩の最重要産業といってもよい林業が、制度として整備される様を、法令に読み取ることができます。
禽獣之部には鳥獣や御用鮎に関する規定を収め、それらは元禄年間から安政2(1855)年までの64項目におよびます。猟師や川漁師の生業を法令の面から垣間見ることのできる資料であるといえます。
巻末には、広谷喜十郎氏による解説を収載します。



『憲章簿』第3巻 紹介文
 第3巻には、穀泉之部、国産之部、御用銀之部の諸法令を収めます。
 穀泉之部には土佐藩財政に関する諸法令がまとめられていますが、中でも家臣から地下役・郷士・農民にいたる藩への借上・出米の規定が内容の多くを占めています。
 国産之部には、藩の重要産品である御蔵紙や楮に関する規定などが含まれます。
 御用銀之部には、藩が幕府より調達の命を受けた金銀についての触達をまとめています。
 巻末には、弘田競氏による解説を収載します。



『憲章簿』第4巻 紹介文
 第4巻には、封疆之部、海禦之部、海衛之部、順覧之部、通行之部、肝煎・手次之部を収めます。
封疆之部には、寛文期から天保期にかけての、主に西郡を中心にした道番所関係の掟や触書が収録され、その間の国内・隣国の騒動に関連するものも含まれています。
土佐では早くから海岸部に遠見番所や火立場が設けられ、外国船に対する海防に努めていましたが、海禦之部には、貞享年間から嘉永年間にいたる海防に関する諸法令が収録されています。
海衛之部には、特に幕末の海防策に関して、それを担う主体が藩士ばかりでなく民兵に切り替わっていく様子を伝える法令が多く収められます。海禦之部と合わせて見ることで、土佐藩の海防の変遷を読み取ることができます。
順覧之部には、文化14(1814)年春の12代藩主山内豊資と、弘化2(1845)年秋の13代藩主山内豊煕の、それぞれの西郡順視に関する廻文等が収められ、藩主による藩内巡視の実態を知ることができます。
通行之部には、幕府巡見使に関する廻文などが収められ、肝煎・手次之部には、諸役場と地下役の間の事務処理の世話役だと推定される肝煎・手次に関する諸法令が収められます。
巻末には、矢野城樓氏による解説を収載します。


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    ●第5巻について● まずはこちらをお読みください
  
     第5巻の内容紹介文章中に、今日の人権尊重の立場からは当然
    配慮されるべき、差別語の記述がありますが、これは、差別問題の
    克服に資するという、本書の学術書としての性格を踏まえたもので
    あります。
     本書を人権啓発の有用な資料としてご活用していただくとともに
    その取り扱いには十分なご配慮をお願いいたします。

『憲章簿』第5巻 紹介文
 本巻には近世封建社会の下で定められた職人、商人、郷人(主に農民)などの身分制による様々な統制に関する法令等が収められますが、「身分外の身分」とされて苛烈な差別を受けていた「穢多」身分についても、特に一項目が設けられています。
 それらの内容を見ると、各身分に様々な規制・統制があったことが一目瞭然ですが、特に「穢多」身分に対する事細かな規制の数々には、当時の統治者の統治手法や社会一般の人々の意識が如実に反映しており、差別の苛烈さが浮き彫りになっています。
ただ、たとえば「穢多」身分に対する田地売渡の禁令や漁業就労の禁令がたびたび出されていることには、それに反するような事例が多数出てきていたことが暗示されているものと思われ、苛烈な状況の中で逞しく生きる人々の姿も連想されます。
 巻末には吉野忠氏による解説と、特に「穢多牛馬之部」に関して、村越末男氏による解説を収載します。



『憲章簿』第6巻 紹介文
 第6巻には、宣令之部、租税之部、御侍郷士諸奉公人類之部を収めます。
宣令之部には、公儀(幕府)からの通達や公儀からの通達を引用した藩の通達、それらに関する藩の覚書や庄屋の請書などが収録されています。
租税之部には、万治2(1659)年から安政2(1855)年までの、主に郡奉行所や代官所から庄屋に宛てた年貢取立の指示などが収められます。
土佐藩の税制は非常に複雑で難解ですが、これらの資料から年貢収公の一端をうかがうことができます。また資料中の文言などから、幡多郡と他の地域との違いなども想起されます。
御侍郷士諸奉公人類之部には、御侍や郷士とその家族に対する様々な生活規制などが収められています。
巻末には、矢野城樓氏による解説を収載します。



『憲章簿』第7巻 紹介文
 第7巻には、田銀諸林米之部、雑集之部、版築之部、郵駅之部のほか、附録とし『畴畤録』を併収します。
田銀諸林米之部には、享保17(1732)年から嘉永5(1852)年までの、田銀諸成と一部諸林冥加米の法規など16項目が収められます。
雑集之部は文字通り様々な内容の法令を含んでいますが、中でも神祭・祈祷、角力に関する法規や、秤に関する法規、村明細差出等の案文、医療、薬に関する法規などが注目されます。
版築之部の「版築」とは土木工事を指し、元禄3(1690)年から安政5(1858)年までの土木工事に関する事務規定など39項目を収めます。
郵駅之部には、家老以下諸役人の往来における伝馬人夫に関する規定や、往来の役人に対する賄方や旅費の規定、賃金立送夫に関する規定、送り番所の運営に関わる規定、公用文書の逓送等に関わる規定などを収めます。
附録の『畴畤録』は、『憲章簿』を編纂した兼松氏が大庄屋を勤めた幡多郡山田村(現、宿毛市)の土地関係の史料で、文久2(1862)年に庄屋が中心となって、同村の農民が売却していた農地を計画的に受け戻し、小作人化していた農民を自作農に戻そうとする経過の記録です。
 巻末には、高橋史朗氏による解説を収載します。


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