21世紀・大学フォーラム「産・学の新たなパートナーシップをめざして−地方大学の挑戦」

公開日 2007年12月07日

更新日 2014年03月16日

21世紀・大学フォーラム「産・学の新たなパートナーシップをめざして−地方大学の挑戦」

(日本経済新聞社、高知工科大学共催:日経新聞12月20日掲載より)

 開催日:平成14年12月2日
 場  所:日本経済新聞社本社内(東京)
 

(基調講演)
 末松安晴(国立情報学研究所所長)

(パネリスト)
 前田又兵衛(前田建設工業会長)(2)(11)(14)(18)
 金子尚志(日本電気相談役)(4)(7)(12)(19)
 山田眞次郎(インクス代表取締役)(3)(10)(17)
 橋本大二郎(高知県知事)(5)(15)(21)
 岡村甫(高知工科大学学長)(1)(6)(8)(9)(13)(16)(20)



【前文】

 大きな転換期を迎えている日本。政治、経済、教育、あらゆる分野で硬直化した構造を変革する取り組みが進んでいる。なかでも変革に時間のかかる教育・人材育成の分野は二十一世紀の重要課題のひとつ。動き出した産学連携の波に乗り、大学発ハイテク・ベンチャー起業などにめざましい成果を上げつつある地方大学がある。

 産学共同研究プロジェクトも目白押しで、大学改革の台風の目的存在に成長、日本の変革を支援する。日本経済新聞社は高知県、高知工科大学と共催でこのほど、「産・学の新たなパートナーシップをめざして−−地方大学の挑戦」と題する大学フォーラムを開催、多くの聴衆が熱心に聴き入った。


【基調講演】末松安晴(国立情報学研究所所長)

 まず産学連携の意義から話を進めたい。連携の必要性の第一は日本の国際競争力の強化です。いま日本には大学に十七万人、企業など民間に三十五万人を超える研究者がいます。こういう人たちの力を結集して先端技術を作り出すことが重要で、すばらしい技術が生まれれば、ひいては国際貢献にもつながります。

 大学と企業の研究・教育スタンスには相当な差があるが、その違いをお互いに尊重しながら連携することが肝要です。大学は研究成果を企業に活用してもらうことで社会に貢献できます。大学にとっては共同研究などで企業から資金が導入できるうえ、社会の変化やニーズがわかるという利点もあります。

 日本の産学官連携の歴史をひもとくと、明治維新前後、日本は産官が一体で産業革命を進めてきました。大学が全国各地に設立されてからは奨学寄付金制度ができて産学連携が進み、急速な工業化に貢献しました。しかし戦後は戦争への反省から風潮が変わり、産学連携は非契約型、つまり非公式な研究者同士の結びつきで行われました。学会が果たす役割も大きいものがありました。

 二十年ぐらい前からその風潮が変わり、産学共同研究が盛んになりました。一九九五年に「科学技術創造立国」を目指す科学技術基本法ができて、産学連携の体制整備が進みました。九七年、国立大学教員が企業の役員などに就けるよう兼業規制の緩和、九八年、大学の技術を民間に積極的に提供するとともに、そのルールを確立したTLO(技術移転機関)の設置が認められました。優れた技術の民間利用が促進されることになり、「契約型産学連携」の仕組みが整ったわけです。国の研究費を使って特許を取っても、特許の所有権が開発者に帰属する日本版バイドール法もできました。

 こうした急速な産学連携促進の流れのなかで、両者の姿勢は大きく変化してきました。長期の基礎研究、萌芽的な研究で多様性をつくりだす大学の役割が一層進展するとともに、産学連携研究だけでなく、ベンチャー起業にまで幅広く社会貢献を求められるようになりました。

大学院教育重視を

 さて主要先進国の研究開発投資をみると、投資額の対国内総生産比率は日本が約3.2%、米国は2.7%。先進国はほぼこの水準ですが、金額の内訳では日本の場合、企業の比率が高く、国のウエートが低い。日本の国が支出している科学技術研究費は約三・五兆円ありますが、このうち、研究者が自ら研究目的・内容を定めて提案、研究費を獲得する、競争的資金は約三千五百億円、9.9%に過ぎません。最近大きく増えてきてはいますが、米国の五兆円と比べるとまだ極めて少ない。

 それでも世界の大学が出している論文のなかで、日本の論文がどのくらいの割合で引用されているかの統計では、約8%。これは英語の論文の統計で、日本語の論文は含まれてませんから、全体でみると日本の大学は大いに健闘しているといえます。

 日本の技術力を示すもう一つのファクターが技術貿易の収支比率です。日本のアイデア・特許料の輸出額を輸入額で割ったもので、一を上回れば輸出超過。つまり日本の技術が海外に多く出ていっていることを示し、この比率は九〇年ごろから一を超え、どんどん上昇しています。

 次に人材育成、教育の問題に移りたい。産学連携をよりよく進めるには人をどう育てるか、の視点が大事で、とくに研究環境レベルが高い大学院教育が重視されます。そこで萌芽的研究に従事した学生は将来、技術開発に秀でたり、柔軟でリーダーシップが発揮できる人材に育つ場合が多い。萌芽的研究は先の見通せない研究を模索しようとするので、非常に考えが深くなり、鍛えられます。国、社会の知的競争力向上には、博士課程を経た研究生の活躍が重要で、博士課程に進む学生の割合をもっと増やすことを考えなくてはいけません。当然優れた研究環境を備えるためにも大学にきちんとした資金を投入しないといけません。

 一般に日本は大学進学率が高いとみられていますが、高校生の何%が大学に進学するか、というユネスコの統計では45%程度と高くありません。大学院在籍者の比率は8%と先進国では下位にあります。女性研究者の割合は増えてはいますがまだ約11%。女性の力をもっと活用する必要があります。高等教育費への公財政支出のGDP比率は日本は0.43%。米国の1.07%に比べてお寒い限りです。企業の社外研究費の支出先は国内大学向けが海外の半分以下です。

 ここ数年、共同研究の拡大、TLOの推進、起業化支援、社会人教育支援と産学官連携は急速に進みました。国立大学が設置する共同研究センターは2001年度で61と十年前の三倍になりました。私立大への研究支援では一九九六年のハイテクリサーチセンター整備事業を手始めに、学術フロンティア整備、昨年はオープンリサーチセンター整備など毎年のように文部科学省の支援事業が出るようになりました。

地域支援事業も活発

 地域的な支援も活発です。地域で大学と社会が一体となって研究開発を進める文部科学省の知的クラスター創成事業には十カ所が採択され、都市エリア産学官連携促進事業は二カ所できました。

 ベンチャー支援では大学が大学人の起業を手助けする仕組みが整いつつあり、エンジェルなどの資金援助体制も広がっています。こうして日本の大学から生まれたベンチャー企業は筑波大の調査で今年四百二十四社になったという記事が最近新聞に載りました。

 社会的な制約がとれ、企業は大学と一緒に研究しようと大きく変わってきました。大歓迎で加えて研究費をもっと出して欲しいと思っています。産学官連携の持続的発展には大学への投資が不可欠と重ねて申しあげたい。
 



【パネルディスカッション】

 ――激しい技術革新や少子高齢社会の到来で、大学はいま大きな変革期にあります。企業との連携とともに、地域活性化の拠点としての役割に期待が集まっています。まず現状からおうかがいしたい。

(岡村甫:高知工科大学学長)
 一九九七年に教員たちは世界一流の大学を目指すとの志を持って、全国から集まってきました。
 大学の基本方針はこれからの社会で活躍できる人材の育成、世界に貢献する研究成果の創出、社会との連携と社会への貢献で、大学として至極当然のことですが、これらを忠実に実行するシステムが存在していることが特徴です。

 大学にとって最も大事なことは教員のレベル向上と志の高さです。そのための教員自己研さんシステムを持っています。そのサブシステムの一つが教員の諸活動を定量的に評価する教員評価法です。その詳細はホームページで公開しています。来年度の採用からこの教員評価システムを採り入れた年俸制にし、年齢給を廃止することにしました。講義は一年を四クオーターに分け、その一クオーターを授業免除の自己研鑽期間としています。

 これからの社会で活躍するためには他人にない特徴を持つことが一層重要になります。それには学生自身が持っている個性に応じて、それぞれの長所を伸ばすことが大切です。全科目選択制にしている理由の一つです。本日ご出席の前田又兵衞会長や山田眞次郎社長のような産業界の大勢のリーダーの方々に客員教授になっていただき、学生たちに実社会の香りを届けていただいています。

 自己学習能力や人間力を身につけるのに少人数教育を手をかけて行ってきましたが、さらにこれを充実するために現在、十名程度の人生経験豊かな教育専任講師を募集しているところです。

 東京、大阪と大学の三カ所を教室としたテレビ会議方式での社会人を対象にした起業家コースを大学院に設置しています。このコースの授業は毎週土日に行われ、ベンチャー起業家輩出の礎ともなっています。

 現在研究環境を一層充実するために、総合研究所の器となる研究棟を新設しています。ここでは世界に貢献できるいくつかの研究プロジェクトを推進する予定です。これを機に、連携研究センター機能を地域社会への貢献の場に特化することにしました。

新技術の認証役に

(前田又兵衛:前田建設工業会長)
 仕事柄、企業というより建設産業の視点からお話したい。ここ十年、建設産業は大変厳しい環境に置かれています。建設業界はこれまで社会資本の整備、災害復旧、地方の近代化政策による産業の地方進出などに大きな役割を果たしてきました。雇用面でみても建設業は、全産業の約10%の雇用を支えています。しかし成熟社会になって、これが逆に構造的な問題となりました。

 建設業界と大学の産学連携はこれまであまり成功したとはいえません。本来建設産業としてビジョンを持ち、産学連携の行動計画を作って動くべきだったのでしょうが、それがないまま、個別に共同研究などに走ったため、企業目的が前面に出過ぎてうまく機能しなかったというのが実情です。

 人材育成の面でみると、これまで企業は自社に役立つ人材に育てるのは、主に企業内教育で行ってきました。大学では基礎的な学問を身につけてくればよかったのです。しかし変革の時代になったことで、もはや企業内教育だけでは対応しきれなくなりました。

 ただ学問や技術を習得するだけでなく、さらに技術者に会社経営を教育すること、つまりCEO(最高経営責任者)を生み出す教育が必要となってきました。就労環境の変化で、個の自己革新が求められ、大学でも「自己革新時代」の教育が重要になっています。

 建設業の魅力ある将来を考える時、新しい生産システムの開発や新事業が鍵になります。そこで大学には新技術・システムの認証役を果たし、公平な立場で普及を促進してほしいのです。いまの建設業界は目先の技術改善にとらわれすぎています。新システムの構築などで夢のもてる業界に変えなくてはいけません。

(山田眞次郎:インクス代表取締役)
 今度高知工科大学の客員教授に任命され、先日初の講義をしたばかりです。
 現在世界で進んでいる技術革新は産業構造を根本から変えるほどの内容があり、新産業革命といってもいいと思います。そのなかで大学や企業のあり方を問うわけですから、産学連携も従来とはまったく違った枠組みで考える必要があります。

 私は大学を出て就職し、自動車用ドアロックの設計一筋で十七年間仕事をしました。しかしコンピューターの発展で職人技が追い越されることに危機感を持ち、別の形でこれを受け継ぐことはできないか、と十三年前、いまの会社を興しました。事業は金型の設計ですから、仕事の中身は古いのですが、企業形態は新しいものです。

 子会社を入れて五百数十人の従業員がおり、売り上げも利益も順調に伸びています。九八年から新卒を多く採るようになり、新しい社員の方が圧倒的に多い若い企業です。新宿、川崎、蒲田にそれぞれセンターがあり、金型の三次元設計や試作をし、完成品を作っています。金型の設計は製品づくりのなかでは開発工程ですから、相手先企業と常にコンサルティングしながら仕事を進めます。

 自動車でも何でも製品はいまライフサイクルが非常に短くなっています。例えば携帯電話。だいたい半年に一回モデルチェンジがあり、その間に設計、試作テストを繰り返します。しかも発売日直後にどんと売れて後はパラパラですから、生産は発売前の二、三カ月間に集中。このため非常に早く開発が求められます。

 当社では設計はすべてCAD。各センターをオンラインで結び、設計図を送るとすぐ部品試作、画面を見ながら金型を設計し、工作機械で金型が完成します。すべてコンピューターでコントロールしますから、熟練工はいりません。アルバイトでも対応できます。この方式で九〇年代半ばには四十五日かかった金型製作がいまや、四十五時間で済みます。

 こうした革新的な改革はあらゆる産業で起きる時代ですから、これに遅れない産学連携を常に考える必要があります。

(金子尚志:日本電気相談役)
 大企業の立場から意見を述べたいと思います。山田さんの話は印象的で、着眼点のすばらしさ、そしてこれを実行・実現する力はすごいものです。しかも機動力がある。この機動性は大企業が一番弱いところです。

 私はNEC生活が四十五年になりますが、その間の産学連携は決してうまくいったとは言えません。中小企業やベンチャーは結構うまくやっているのに、なぜか大企業の連携があまり成功していない。大企業では組織階層が多く、決済に時間がかかりすぎるのに対し、中小では社長自らが情熱を持って乗り出し、即断即決で産学連携の果実を採り入れます。大企業もこれに学ばなければいけないと思っています。

 肝腎なことはテクノロジー・トランスファー(技術交流)は、人間の交流を介してしかうまく伝わらないということです。そのためには企業から大学に研究員を派遣したり、逆に先生が企業に行って研究する機会をつくることです。欧米ではサバティカルといって七年に一回ぐらい、一、二年の休暇を取り、この間大学の先生は企業において研究し、企業文化を学ぶ機会があります。再び大学に戻ってからその経験を教育に生かすことができます。

 このような大学と企業の相互交流のなかで、双方の研究者は意見交換し、鍛練しながら研究を進めます。そもそも大学と企業は同じ対象を研究していながら、目的も手法も異なり、基本的には異文化圏の交流をしてきました。この相違をよく理解したうえで、産学連携の土壌をつくって初めて実り多き成果が得られるのではないでしょうか。

地域貢献でも活躍

(橋本大二郎:高知県知事)
 まず高知県知事としてなぜこの大学をつくったか、をお話しします。開学には二つの目標がありました。一つは高知県内での高等教育、大学教育の充実です。当県には工科系の大学ばかりか、工学部のある大学もありませんでした。このため工科系を目指す県内の学生が県外に出ざるを得ない状況にありました。大学進学率が低い理由もそこにありましたから、工科系大学の設立は悲願でした。

 もう一つは産業振興です。当県は高度成長の波に乗り遅れ、工業品の出荷額が全国最下位という状況でした。職場が少なく、若い人たちは県外に行かざるを得ない状態でした。何とか企業を増やし、企業の力を強くする手だてはと考え、付加価値の生み出せるモノづくり、新しいビジネスモデルの創造ができる人材の養成が不可欠と判断、そのための大学に期待をかけました。

 その結果、公設民営方式で九七年四月、開学できました。それから五年あまり、大学進学率は数ポイント上昇しました。大学と高校との連携なども密になり、教育界が活性化しました。

 最近の子供たちは自分で考え、行動することが苦手です。そこでこの大学では自分で問題点や課題をみつけ、それに対応できる人材を養成することに注力しています。研究内容をきちんとプレゼンテーションできる能力は産業界が求める人材の要素のひとつです。大学では、早くも少しずつ力をつけているような感じがします。

 地域貢献でも活躍しています。学生グループがドリームネット・デーという企画を実行し、企業から不要になったパソコンをもらい、部品を取り換えて小中学校に贈っています。校内LANの整備もし、この五年間で百十一の小中学校に二百四十九台のパソコンを設置しました。この結果、小中学校のパソコン配備率は全国で二番になりました。

 大学の研究・技術開発力がビジネスとして実現し、産業振興につながっていくことが大事です。そこでいま、大学の近くにそのための用地を造成し、2004年度に分譲できるよう計画を進めています。実際に企業が進出したり、ベンチャーが根づいたりするには相当な努力がいるでしょうが、大いに期待しています。大阪の歯科材料のメーカーが大学設立をきっかけに、研究所を近くにつくり、社員を大学院に通わせている事例も出ています。大きな一歩は踏み出せたと思います。
 

 ――いままでのお話のなかで、産学連携の新しいあり方が求められているとの意見が産業界の皆さんから出てきました。大学側の受け止め方は。

(岡村甫:高知工科大学学長)
 大学はあくまで教員の自由な発想が基本になります。これをきちんとサポートする体制を大学自体が持ち、企業との橋渡し役も務める責任があります。世界的な研究者の研究成果を企業に提供するとともに、企業からのフィードバックにより大学での研究が一層伸長する。こういう関係ができれば理想的です。

(金子尚志:日本電気相談役)
 大企業の当事者として当然考えなくてはいけないことなんですが、これまで大学と企業の文化がかなりすれ違っていました。この相違点を徹底的に議論し、その違いをよく理解し、認識したうえで、産学連携の実行に移る必要があったということでしょう。

文化の違いは温存を

(岡村甫:高知工科大学学長)
 文化の違いは大変大事でして、今後も温存しないといけません。大学が企業と同じ研究風土になれば、大学の価値はなくなります。文化の異なる大学と企業を橋渡しできる人材が必要ではないでしょうか。

 ――高知工科大学は日本で有数の大学ベンチャーと聞きました。新設大学で十二件設立は驚異的な件数です。その背景は。

(岡村甫:高知工科大学学長)
 いろんなケースがあって一口には言えません。企業をスピンアウトされた方が起業家コースの学生になり、その研究成果にエンジェルから資金が出たとか、学生が社長になって教授が応援する形とか、さまざまです。起業家マインドのある人が大学に集まり、大学はその動きを規制しない。それを着実に実行しているからだと思います。

(山田眞次郎:インクス代表取締役)
 最近のというか、九七年以降の大卒はそれ以前の学生と違って、優秀な武器を持っています。彼らは入学が九四年ですから、インターネットとパソコンが最初からありました。

 ただ、いまの大学の講義では、私は以前ある大学で三次元CADを教えたのですが、前期で十七時限、時間にして二十五時間に過ぎませんでした。これでは社会に出て通用する技術は習得できません。三カ月に一科目でいいから、時間をかけて集中講義をし、すぐ役に立つ技術者を育てる。こうすれば企業に入っても対等に話ができ、開発もできる人材になり、活躍の場が広がります。

 それと企業は最先端の研究をするんですが、それを再現したり、体系立てることは苦手といえます。そこは大学できっちり押さえて欲しいものです。

(前田又兵衛:前田建設工業会長)
 私は客員の立場で、産業界と大学とのパイプ役を果たしたいと思っています。講義で感じることは、いまの学生は能力はあるが、訓練が足りないということです。講義の後、短い感想文を書かせるのですが、最初はうまくないレポートも一人ずつコメントを書いて返すと、六、七回の講義の最後には高いレベルで書けるようになります。経験が足りないだけです。

 もう一つ、この大学の良い点は毎年国際会議を開いてくれることです。世界の研究者だけでなく、企業の方も多く来られて、知識が増えると同時に話が広がり、輪が広がります。当然英語で話しますし、きれいなキャンパスと相まって、外国のカンファレンスの雰囲気にひたれます。こうした情報交換の場の提供が研究の世界を開いていきます。研究と「場」の提供がかみあえば、企業はもっと連携に興味を示すでしょう。

 ――末松先生の講演で、日本企業の社外研究費のなかで、国内大学向けが極めて少ないとの指摘がありました。このあたりについてご意見を。

大学の所産を生かす

(金子尚志:日本電気相談役)
 残念ながら、いままでの関係、仕組みが相互の信頼感をなくしている証左だと思います。いまは大学が持っている所産をどのように生かすか、この仕組みをどう変えていくかが大切で、結局は人間関係、信頼感ということになります。

(岡村甫:高知工科大学学長)
 原因の一つは日本の国立大学の規制。次に国公立大学の教授は研究をしなくても評価が変わらないというシステム。教官が責任を持って研究し、その契約を守るという文化の欠如。非合理的な特許システム。これらが産学連携を阻んできた要因だと思います。

(前田又兵衛:前田建設工業会長)
 企業が寄付講座や研究資金を出す時、これまでは非契約型であったため、プラットホームがなく、出しにくい雰囲気がありました。だから海外にいってしまった面もあります。研究成果をきちんと配分する仕組みなどまずプラットホームを整備する必要があります。
 もう一つは公共事業の問題ですが、企業が大学と研究して特許を取っても、公共事業ではなかなか採用してくれません。協会とか公共団体のようなところの共有のものでないと使われないのです。これでは簡単に産学連携には取り組めません。

(橋本大二郎:高知県知事)
 これに関してはいま大きな変革の時期ですから、成功事例をどんどん積み上げていく。そしてその成功体験を体系化することが大事だと思います。公共事業に特許を生かすことは国よりもむしろ県、自治体の方がやりやすいでしょう。地域の産業振興、地場産品の育成、これらの課題に大学と産業界が共同でつくったものが生かせれば、大いに利用したいし、マーケットを広げる努力は惜しみません。できるものは県の事業として積極的に取り入れて、成功例を数多く蓄積したい。
 高知工科大学発のあるベンチャーですが、風力と太陽光を組み合わせてハイブリッドの照明器具を考案しました。値段は高いのですが、南海地震が高い確率で起きるとの観測もあり、震災対策として各地で購入すれば、コストダウンもでき、需要は広がるのではないでしょうか。

(岡村甫:高知工科大学学長)
 こうした成果には当大学はきちんとした教員評価システムを持っています。

 ――最後に地方大学は産学連携やベンチャー設立に地域的なハンディがあるのでは、との見方もありますが、今後の地方大学の進み方を含めていかがでしょうか。

地域差は問題なし

(山田眞次郎:インクス代表取締役)
 確かにハンディはないとはいえません。しかしいまはネットワークが完備しているので、それほど問題はないと思います。高知工科大学には二十四時間ライブラリーというのがあると聞きました。こうしたものをベースに、地域として二十四時間ネットワークオンラインを構築していけば、地方と都会の差はそう考えなくてもいいでしょう。

 むしろ、先生がベンチャーを起こして、いくら資金を引っ張ってきたか、どのくらい利益を上げたか、といった点をきちんと評価する。そういうインセンティブが大きく方向づけをすると思います。とともに、大学発ベンチャーの成功体験を数多く積み上げ、体系立てて道筋を示せば、産学連携は自ずと進んでいくでしょう。

(前田又兵衛:前田建設工業会長)
 考えようによっては二十四時間コンピューターに使われる、変な時代になりましたが、ハンディキャップはまったくないと言ってよいと思います。物流に少しネックが残っていますが、一、二時間で全国どこにも飛べる時代ですから、そう問題というほどではありません。

 インターネットを道具としてうまく活用して、高知工科大キャンパスのあの素晴らしい環境で勉強や研究ができる。これは何物にも代え難い経験で、若人よ、高知へ、地方へ来いと声を大にして言いたい。全国をよく回るのですが、最近感じるのは、地方大学の産学連携の取り組みが結構進んでいることです。そういう点でも地方はもっと自信を持っていいと思います。

(金子尚志:日本電気相談役)
 地方とか、都会というより、この大学は公設民営、つまり新しい形態で進み出し、早くも成果を上げつつあることに注目したい。工科大学は工科だけでは完結しません。社会が求める人材は工学に加え、経営知識を持っている卒業生です。

 だから大学院にMBA(経営学修士)コースを作ってほしい。工学知識に加え、若いときから商法などの法務や経営学の知識を身につけておけば、より有為な人材に育つし、世の中の大学の評価も上がります。

(岡村甫:高知工科大学学長)
 私自身はまったく地方を不利だと感じていません。むしろ好きなときに都会に行ける自由さをエンジョイしています。問題があるとすれば教員の家族に対する環境ではないでしょうか。大学が中心になってその改善をするのも役目のひとつだと認識しています。

 都会で生まれ、都会で育ち、都会で勤めるという人生は、日本人としては十分とは言えません。高校まで都会で育ったら、大学四年間ぐらいは地方で過ごす。これが人生にとっても、将来の日本にとっても有益なのではないでしょうか。

(橋本大二郎:高知県知事)
 高知工科大学はスタートしてまだ五年あまり。新しい大学ですから、既存の大学にないものを今後も生かし続けていくことが大事でしょう。地方大学が不利かどうかという問題より、五、六年たてば企業でもそうですが、組織には必ず官僚主義がはびこってきます。これをいかに排除して、常に新しい新鮮な大学を目指していくか、がもっと重要な事柄です。この新陳代謝があれば、ハンディキャップなどそう考えなくてもいいのではないでしょうか。

 それと、都会のど真ん中にある大学にはできないことを考え、手がけるべきでしょう。
二十一世紀の大学は地域とつながりをもって進まないと、ほんとうに実りのある研究成果は生まれません。東京大学がいかにすばらしくても、街中にあっては周辺の街づくりまでやり直すことは無理でしょう。

 しかし土佐山田にあるこの大学はこれまでになかった新しい町、大学を核にした町づくりが可能です。都市計画から始めて、壮大な町づくりが研究だけでなく、実践もできるのです。こうしたものを講座にして、研究の幅を広げれば、大都会の学生たちも関心を持ち、やってくる人も増えるでしょう。

 このように全体として大学のレベルアップをはかり、地方にあまり目を向けなかった都会の優秀な学生がぜひ行きたいと思う大学にしていきたい。これが地方の大学の目指す方向だと思います。


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