特別対談 橋本大二郎 V.S. 小山政彦(船井総合研究所)−思いを伝える力−

公開日 2007年12月07日

更新日 2014年03月16日

特別対談 橋本大二郎 V.S. 小山政彦(船井総合研究所)−思いを伝える力−

平成15年2月18日9時00分から(県庁二階第二応接室)

高知県知事に就任して12年目を迎えた橋本大二郎氏。全国から注目される斬新な政策で高知県の行政を全国に知らしめたことだけでなく、一県民として県の在り方を考える知事の一貫した姿勢に多くの支持を集めている。「現場第一主義」と「人づくり」の重要性を唱える橋本氏が目指す行政の姿は、企業経営と共通する所が多い。橋本氏と小山政彦が、人間性と組織における目標について深く語り合った。

(編集、提供:船井総合研究所)


〇「県庁は県民のスーパーサポーターであれ」

(小山)
 橋本知事のご活躍は常々注目しておりました。住民にとって遠い存在として捉えられがちの行政を身近な姿に変身させ、県内に新しい活気を与えた知事のご手腕には、我々企業人も学ぶべきものがたくさんあるのです。逆に、知事は行政や官庁が民間企業の活性化の手法を学ぶべきである、とおっしゃっていますね。行政・官庁が民間企業から最も学ぶべきところとは、どんな点なのでしょうか?

(橋本)
 まず、第一に多くの企業がモットーにしている「お客さま本位」ということが挙げられます。これまで行政は、法律や制度を運用していくという御上(おかみ)的立場から物事を見ていた所が多かったのが事実です。もっとも、行政の業務の一つである管理規制を行うための視点は、蔑ろにできるものではありません。

 しかし、それだけでなく、「私たちのお客さまは誰か」ということを考えて仕事をしていく意識付けは、企業から学べるのではないかと思うのです。お客さま本位の考え方をしていくことだけが行政ではありませんが、ある程度意識していないとこれからの世の中はやっていけないのではないでしょうか。

(小山)
 企業でも「お客さま中心主義」の基本を忘れているところがありますよ。基本でありながら、持ち続けるのが難しい精神なのです。

(橋本)
 そして次に、「スピード感」です。これからは仕事を如何に速くこなしていくかということが大切になります。行政も大きな企業も単年度の予算で運営していきますから、一年間のサイクルでしか物事を考えないというところがあります。行政はこの傾向が特に強いのです。そういう思考を変えないと、せっかくのチャンスを逃してしまったり、ピンチを上手く切り抜けられなかったりすることが出てくると思います。

(小山)
 行政が企業に倣うとなると、行政側の発想の転換が必要になりますね。

(橋本)
 必要性でいえば行政側の従来の視点も必要なので、それらを全部捨ててしまって企業と同じ形態になってしまってはいけないんです。ただ、周囲が大きく変わっているにも関わらず、旧態依然としていて世の中の変化に付いていけないのはダメだと考えています。

(小山)
 まさに、"親方・日の丸"ではなく"親方・住民"という発想でやっておらるわけですね。素晴らしいことだと思います。
 私は社長になって3年になります。たまたま私が社長になった途端、会社の業績が上がったんですが、その時宣言したのが、「社長業とはスーパーサポーターだ」ということです。アメリカのリーダーシップ本をよく読みますが、それらを要約すれば「リーダーシップとは、上司が目標を決めるのではなく部下自身が目標を決め、部下が其の目標を達成するためのサポートをすること」と言えます。

 このことから、トップの仕事は「部下を育てるのではなくて、部下が自分の決めた目標へ向かって成長する支援をし、充分に成長できる土壌を作ること」ではないかと思っています。ですから今、知事のお話しを聞いて、「県庁も県民のスーパーサポーターであれ」というお考えで行政をやっておられるな、と感じたのですが、そのように考えてよろしいですか?

(橋本)
 そこまで明確な意識はなかったんですが、そうありたいですね。県は昔のように総合計画を立てて、それを粛々と敢行するという行動をしていては、現在のように移り変わりの激しい時代には適合できないのです。それよりも、県民皆が過ごし易い土壌を作って、そこで新しい行動が起こるようにサポートするほうが大切です。
 

〇コミュニケーションが人づくりのベース

(小山)
 私は「人間力」とか「人間性」という言葉をよく使うんですが、企業では人を育てるには社員とのコミュニケーションを持ち、一人ひとりのモチベーションを上げ、仕事に対して立ち向かうことができる環境作りが基本になります。知事はHP上で知事室を公開したり、インターンシップを導入したり、県民とのコミュニケーションを大切にされているようですが・・・。

(橋本)
 コミュニケーション力は、公務員に最も求められるものです。しかし、最も欠けている能力でもあるのです。公務員という特別な分野の中では、共通する言語と理念を持っているので、同じ人種同士のコミュニケーションに問題はないのですが、これからは県庁の内部に留まらず、企業や一般の住民ともっと触れ合い、コラボレートしていろんな仕事をしていかなければなりません。そうすると、まったく異なった言語圏の方々と関わることになるのですから、コミュニケーション力がないと大変なことになります。

 情報公開においても、単に役所の生の情報を提供しただけでは、住民にはあまり役にたちません。それどころか、それが何の情報なのかさえも分からないでしょう。だから県側はただ、情報を公開していますよ、と言っているだけでなく、それをわかり易く翻訳し、相手が欲しがっている情報に変えて公開することが必要です。

 自分たちが持っているものを、相手が求めている形に変える能力は、重要なコミュニケーション力の一つといえるでしょう。ですから私は、小山さんがおっしゃっている通りコミュニケーションとは人を作っていく上での重要なツールだと思っています。

(小山)
 知事がおっしゃることをお聞きしていると、企業でも官庁でも必要とされることは同じということがよく分かります。中小企業のオーナーの中に、自分がどんなに資金繰りで苦労しても社員は一向にその苦労を解ってくれない、と嘆く人がいます。

 そんな人に私はいつも言うんです。「喋ったことや伝えたことが情報ではなく、相手に使えたことが情報なんだ」と。そして、「もしあなたに能力があるのなら、能力のない人々に分かるように喋りなさい」と。だから、知事が言われたように、住民にとって興味ある内容に変えて公開しなければ、それは情報ではないんですよ。

(橋本)
 私自身も、情報を伝えることは本当に難しいといつも感じています。
 私どもがやっている「知事のそばでインターンシップ」という活動は、16歳以上の高校生・大学生だけでなく、県の若手職員も対象に行っています。インターンシップが始まって一週間後に彼らと話しをするのですが、皆口を揃えて「これまで知事は怒りっぽくて怖い人と思っていたけれど全然違った」と言うのです。考え方や情報が伝わる以前に、人間性のイメージが先行して事実が伝わっていない、ということがあるんですよね。これはちょっと辛いな、と思うのですけど(笑)。

(小山)
 同感です(笑)。私も社内の親しい執行役員などにはプライベートの姿も見せているので、彼らは「仕事をしている時の私とプライベートの私のギャップが面白い」と思ってくれていますが、多くの社員は私がいつも社員を怒鳴りつけているイメージがあるらしくて、会社のエレベーターに私が乗っていると、怖がって乗っきてくれません。相当怖く思われているようです。最後に社員を怒鳴りつけてから10年以上経つのですが・・・(笑)。

(橋本)
 それは、本当に困ったものですね(笑)。
 

〇寄生から共生へ

(小山)
 知事にとっての現場とは、県民の方々と共にいることが現場ですか。

(橋本)
 そうです。そして、それは個人個人に対してだけではなく、企業・法人も含めた県人です。

(小山)
 最近、「現場との温度差」という言葉がよく使われますが。企業においては、役員になった人たちが一般社員の時の気持ちを忘れてしまって、社員との温度差が生じてしまうことがよくあります。県政の場合も「県庁側と住民の温度差」が多少なりとも存在すると思います。知事は住民との温度差をどのように取り払おうと思っておられるのですか?

(橋本)
 財政が豊かだった時代は、県政に対する反対意見はさほど表出しませんでしたが、企業や団体の財政が苦しくなってきた今、国や県のやり方に従うのはごめんだ、という風潮になっています。県はもっと地域に合った、地域にとってプラスになるやり方を進めるべきだと言う声が高まってきているのです。

 そして今、県はこの状況にどう対処してくかということが問われています。今後、国と地方の関係において、地方交付金や補助金制度は変わってくるでしょう。そうすればこれまで地域に交付されていた金額は大きく削られるでしょう。

 しかし、交付金の減額も発想を変えてみると、以前のように国から満額予算をもらって国の顔色を伺いながら動いているよりも、むしろ県民が本当に望んでいる事業を行うことができるのではないでしょうか。県政のこのような変化を県民は望んでいるのですから、県はこれを機に実行するより他ありません。現実に交付金が今より大幅に削減された時に、すぐさま対応できるかどうか不安がありますので、今からこの方向に転換し、現場との温度差をなくしておきたいのです。

(小山)
 バブルがはじけた頃から、企業は様々な対応を求められてきました。中にはリストラやリエンジニアリングなどを行いながらも、業績を悪くしていった所もあります。また逆に、企業内の人材や能力を活かし育てることで、最悪の状況を乗り切った企業もあります。

 このような経験から学んだことは、あるレベル以上の従業員には自由度を与え、自ら定めた人生目標に向って伸び伸びと自主的に頑張れる環境を整えた方が能率が上がるということなんです。ですから、行政もこの考えを取り入れていった方が良いと思っていたのですが、知事のような方が行政人のリーダーに現れたことに喜びを感じます。

 今後も、高知県から目が離せなくなりました。もっとお話しさせ頂きたかったのが本心ですが・・・。今日は御忙しいところ、どうも有難うございました。


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