第57回国民体育大会天皇陛下、皇后陛下行幸啓時の記者会見

公開日 2007年12月07日

更新日 2014年03月16日

第57回国民体育大会天皇陛下、皇后陛下行幸啓時の記者会見

平成14年10月25日(城西館太陽の間)

<出席者>
  宮内庁行幸主務官(総務課長) 岡 弘文
  宮内庁侍従 目黒 勝介
  高知県知事 橋本 大二郎

 
(島田県政情報課長)
 ただいまから宮内庁と高知県の記者会見を始めさせていただきます。
 本日の記者会見の出席者でございますが、宮内庁からは今回の行幸主務官であります岡総務課長と目黒侍従に御出席いただいております。また、高知県からは橋本知事が出席しております。

 本日の記者会見は、ただいま御紹介しました3名の方からそれぞれお話をしていただきました後で、記者の皆さんからの質問をお受けしたいと思います。なお、本日進行させていただきます、私、高知県県政情報課長の島田でございます。よろしくお願いいたします。それでは始めに、岡行幸主務官から本日の御日程などにつきましてお話をいただきたいと思います。

(岡行幸主務官)
 今回の行幸啓の主務官を務めております宮内庁の総務課長の岡でございます。よろしくお願い申し上げます。天皇皇后両陛下には、本日、第57回国民体育大会秋季大会の開会式御臨場のために高知県入りをされました。定刻より約10分弱遅れましたけれども、気流の関係で飛行機がルートを当初の予定より少し変更したために遅れたということでございます。

 そして高知に入りました後、橋本知事はじめ、高知県庁、関係の皆さん方の周到な準備で、温かい奉迎をしていただいております。また、多くの県民の方々も沿道等で奉迎していただいておりまして、心より、この場をお借りして、御礼申し上げる次第でございます。

 本日は、先ほど申しましたように、10分弱遅れて高知入りいたしましたけれども、その後県庁で橋本知事より県勢概要をお聴きになり、そのあと御昼食、そして午後は高知市内の介護老人福祉施設でありますグランボヌールを御視察なさったところであります。

 そして先ほど、定刻に、このお泊所の城西館に入っておられまして、現在、本日金曜日でございますので、閣議案件等の御公務をとりおこなっておられるところでございます。また、明日でございますけれども、明日は午前中に県立の牧野植物園を御視察になりました後、大会関係者との御昼食をここでおとりになられて、午後、春野総合運動公園で開催されます国体の開会式にお臨みになる予定でございます。

 また、本日、皆さん方のお手元にも県の方から配っていただいておりますけれども、ほんとに18,000名にものぼる方々の奉迎をしていただいたところで、重ねて御礼申し上げる次第でございます。私の方からは以上でございます。

(島田県政情報課長)
 次に、橋本知事からお話をさせていただきます。

(橋本高知県知事)
 高知県知事の橋本でございます。よろしくお願いいたします。今、岡総務課長からお話がございましたような日程で、順調に今日一日をお過ごしをいただきました。県庁では、県勢概要の説明と、昼食会に陪席をさせていただきました。県勢概要の説明の中では、私からは、県が進めております環境対策、また、資源循環型の地域社会づくりということに話をしぼって御説明をいたしました。

 例えば、森林に対する取り組み、また、四万十川流域での取り組み、海洋深層水等々でございますし、また、お許しをいただきまして、机の上に中心に襲った集中豪雨の被害がございましたし、去年も西南地域で集中豪雨の被害があった」ということを申し上げました。

 これに対しまして、「治水等の様々な事業がやはり効果を見せているのだろうか」という御質問がございまして、私からは、「いろんな御意見がありますけれども、ダムやまた河川改修という仕事が効果を現している」というお話をいたしました。

 その例といたしまして、98年の豪雨の時に、鏡川等、高知市から見れば西側の地域は、そうした治水の関係の工事が十分できておりましたので、河川の氾濫等の被害はなかったというような事例を挙げて、そうした工事の効果ということの御説明をいたしました。

 もうひとつ、天皇陛下から、「最近の経済情勢、景気の動向の高知県への影響はどうだろうか」という御質問がございましたので、これに対しましては、「本県はもともと二次産業、ものづくりが弱い県で、そうした意味で経済の影響を受けやすいし、個人消費の伸び悩みということで第三次産業にも影響がある。

 さらに、第一次産業は、森林にしろ、また、農業にしろ、海外からの輸入のものに押されて厳しいということで、一次、二次、三次ともに環境は厳しい状況ですので、県としても、いかに産業を育成していくか、特に、県民の皆さんの雇用の場を拡大をしていくかということが最大の課題でございます」というお話をいたしました。

 また、御昼食の際には、皇后陛下から、「介護保険の状況がどうか」というようなお話がございまして、高知市長さんが高知市で試みておられます「宅老所」という事業の御説明をいたしまして、「デイサービスとどう違うか」というふうな御質問、やりとりがあって、皇后様も「ああ、そういうものがあるのですね。初めて宅老所という言葉も聞きました」というふうなお話がございました。

 また、お野菜や果物などにまつわるいろんなお話が出まして、高知県の花になっておりますヤマモモの花の話、実の話、それから、高知空港からこちらに来る途中、たぶん高知大学の農学部の敷地内だと思いますが、トウモロコシのようなものががあったというような御指摘があって、私ども全く知らず、気づかずでございましたので、「たぶん農学部の中でしょう」というふうなお答えをいたしましたけれども、さまざま御質問もあり、非常にいい歓談の場にできたのではないかというふうに思いました。

 その後のグランボヌールの施設のところは、皆様方も御覧になられたとおりでございますが、両陛下とも大変細かいお気遣いで、お年寄りお一人お一人のところを回っていただいて、温かくお声をかけておられました。中には涙ぐんでおられる方も何人もおられて、脇で見ております私どもも何か胸にジンとくるものがございました。

 また、お部屋をお出になる時にも必ず手をお振りになって、「さよなら」と声を出してお年寄りの方々に言ってくださっておりました。たいへん、そうした両陛下の温かいお心遣いが、お年寄りの皆様方にも大きな励ましになったのではないかということを感じました。私からは以上でございます。

(島田県政情報課長)
 最後になりましたが、目黒侍従から、本日の両陛下の御様子などにつきましてお話をいただきたいと思います。

(目黒侍従)
 宮内庁の侍従の目黒でございます。本日、両陛下には、ほぼ御予定どおり、城西館の方に御着になられまして、たいへんお元気な御様子でございました。両陛下には、9年ぶりの高知県でございまして、いらっしゃる前からたいへん楽しみになさっていらっしゃった御様子でございます。

 また、介護老人福祉施設のグランボヌールでは、4年前に集中豪雨で洪水に遭われたという話をいらっしゃる前からお聴きになっていらっしゃいましたので、今日は、理事さん、それから施設長さんから、職員の努力と苦労で入所者の皆さんを守り抜いたというお話をお聴きになって、たいへん御安堵をなさっていた御様子でございました。私からは以上でございます。

(島田県政情報課長)
 それでは今から、質問をお受けしたいと思います。
(記者)
 知事にお伺いします。先ほど、県勢概要を説明するところで、県の進める具体的な対策などについてお話をされたようですが、この部分で陛下から何か興味を示されたものとか、あるいは陛下から何か御質問とかはあったんでしょうか?

(橋本高知県知事)
 一つひとつのことに御興味を持って聴いていただいたと思いますし、例えば海洋深層水に関しては、「深さどれぐらいの所で取水をしているのですか」というお話がございまして、「深さ320メートルです」と、「ただ、室戸の場合には大陸棚がすぐ近くにございますので、そう遠くまでパイプを延ばさなくても取水ができます」というようなお話をいたしました。また、四万十川流域での木の香る道づくりという事業でございますとか、また四万十川方式という水質浄化のシステムですとか、いろんな事業についてお話をいたしました。

 それに対して、うんうんと非常に頷いて聴いていただきましたけれども、なにぶん時間が限られておりますので、あまり御質問を待つような時間をつくってしまいますと、時間が押すといけないと思いましたので、自分で少し先をとって「次に進ませていただきます」という形にいたしましたから、途中ではたいへん関心をもってお聴きいただきましたし、先ほど申し上げたように、いろんな品も手に取って御覧いただきましたけれども、それ以上、あまり細かい御質問が途中であったわけではございません。

(記者)
 もう1件お願いします。これも知事にお伺いします。今日御昼食の時に、農業関係の話でかなり盛り上がっているという話を伺ったんですが、議長さんも、もともと何か農業をされていたというふうに聞いているんですが、そのへんの話をもう少し具体的にお聞かせ願えませんでしょうか。

(橋本高知県知事)
 議長さんにはですね、私が、お野菜の、特に専門の方だというお話をいたしましたので、皇后陛下からも、「どういうものをお作りになるんですか」というような御質問がございました。

 正直を申し上げますと、もう少しいろいろ突っ込んだお話を私から話しかけようかなと思いましたけれども、これからまたあと二日間ございますので、あまりすべての話の種を出し切ってしまってはいけないかと思いましたので、議長さんに係わるそれ以上のあまり特段の話題は出しませんでした。ごく普通のですね、一般的に「高知の農業がどうか」とか、それから果物のことについてもさまざま御質問がございました。

 というのは、スイカを冬に出すと非常に値段がよくなるという話を高知市の議長さんがされましてですね、値段がよくなるという表現ではありませんけど、非常に、冬に出して喜ばれているという話を出されまして、天皇陛下が、「それは、だけどそういうことで季節感がなくなるという面も最近ありますね」というお話をされてですね、みかんなんかも最近はハウスでというような話をしておりましたら、

皇后様が、「サクランボなんかはどうなんでしょう」とおっしゃるので、県内、非常にサクランボは少ないんですけれども、「県内でもサクランボをハウスの中で栽培をしている人もいます」というような話だとか、「桃などもハウスの中で栽培をする。それは結局は、温度の変化を与えることによって植物に例えば春が来たというような錯覚を起こさせるんだ」というようなお話を、誰がどうということではございませんけれども、そういうようなお話をさせていただきました。

(記者)
 知事にお伺いします。知事は、国体の開催について、「開催県になったから天皇杯をとるというのはおかしい」とか、「同一規模の大会を持ち回りでやるのはおかしい。そういう仕組みで開催するなら、やめるべきだ」というふうに、国体のあり方の改革について発言されていますが、今日の両陛下との会話の中で、国体のあり方等について、何かお話があれば教えていただきたいのと、もう一つ、「競技会場で記念品などは渡さない」というふうな大会開催のスリム化にも取り組んでらっしゃいますが、それについて説明をされたんでしょうか。

(橋本高知県知事)
 そのやりとりは全くございませんし、説明もいたしません。国体に関して申し上げましたのは、県勢概要の説明の前にですね、私と県議会議長と県警本部長3人で御休所になりました知事室に伺って、お目にかかって御挨拶をいたしましたときに、陛下から「国体開催にあたって大変御苦労が多かったでしょう」というお話をいただきましたので、

まあ「職員も精一杯頑張りました」ということと同時に、「従来の規模で国体を開催すると、高知県の場合には、宿泊とか輸送とかいう課題がありましたので、規模をなるべく小さくするということから、まず、秋の大会から5つの競技を夏の大会に移しましたし、陸上競技も本大会とは分離して前倒しで21日から24日の予定で開催をしました」という御説明をいたしました。

天皇陛下から「それでは陸上競技はもう既に終わっているのですね」というお話がございまして、「そうです」ということを申し上げたら、皇后様から、「その陸上の方々も開会式には参加できるのでしょうか」というお話がございまして、「それは、全員ではございませんけれども、その陸上の方々も参加をしていただくようにしております」ということを御説明をいたしましたら、「ああ、それはよかった」というお話がございました。

(記者)
 目黒侍従にお伺いします。今日、午前中に、国会議員が刺殺されるという事件が起きたんですが、陛下にはこの事案が伝わっているかと、それから、もしも伝わっているんであれば、何かコメントとかありましたら、お聞かせください。

(目黒侍従)
 私も途中でちょっとそのことを聞きましたけれど、お着きになってから、私の方からは特段申し上げておりません。

(記者)
 目黒侍従にお願いをしたいんですが。9年ぶりに、両陛下、高知にいらっしゃって、何か御感想を話されていましたら、その内容ですとか、あと、グランボヌールでお年寄りと交流をされ、ふれあいをされたことについて何か感想をお話しされていましたら、教えていただけますか?

(目黒侍従)
 9年ぶりといいますか、前に地方事情御視察でいらっしゃったわけでございますけれども、まあ、それは楽しみにされたというのは、いらっしゃる前からそういうお気持ちでございました。グランボヌールの方は、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、いらっしゃる前から災害のことをお聞きになっていらっしゃいまして、そういう御様子でございましたので、こちらにお着きになってから特段そういうお話はお伺いしておりません。

(記者)
 知事にお伺いします。グランボヌールで両陛下が視察をされ、お声がけされているときに、知事も何か目に涙をためてちょっとこらえているような、私そういうふうにお見かけしたんですが、先ほど「胸がジーンとなった」とおっしゃいましたが、そのときのお気持ちをもう少し詳しく教えていただきたいんですが。

(橋本高知県知事)
 なかなかあの、いくつかの思いが実は重なりました。一つはですね、実際に声を詰まらせて泣いておられたおじいちゃんがおられましたので、その様子を見てジンときたということがございます。それから、私、宮内庁の記者をしておりましたときに、皇后様のお誕生の会見であったか、両陛下揃ってのお会いの時であったか、ちょっと忘れましたけれども、「お年寄りの施設で優しく声をかけられるときにはどういうお気持ちで声をかけているのか」と、私個人の質問ではなくて記者会からそういう質問をさせていただいたことがございます。

 そのとき、皇后様が大まかな趣旨としてこういうことをおっしゃいました。それは、「自分の両親も大変歳をとってきたけれども、自分の立場上、日常お世話をすることができない。自分が他のおじいちゃん、おばあちゃん、お年寄りに優しく声をかけることによって、誰かが自分の両親にもそうしてくれているのではないか」というようなことをおっしゃってですね、私は非常に感激をしたことがあります。

 でまあ、今回、皇后様の御両親も亡くなられて、五反田のおうちがどうなるというふうな話が出ておりました。そんなことをこういろいろ思いまして、自分も若干ジーンとくるものがございました。
(島田県政情報課長)
 他になければ、これで終わらせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか。それでは、これをもちまして、今日の記者会見を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
 



第57回国民体育大会天皇陛下、皇后陛下行幸啓時の記者会見
 日 時:平成14年10月26日
 場 所:城西館太陽の間

<出席者>
  宮内庁行幸主務官(総務課長) 岡 弘文
  宮内庁侍従 目黒 勝介
  高知県知事 橋本 大二郎
 

(島田県政情報課長)
 ただいまから本日の記者会見を開かせていただきます。本日の記者会見の出席者でございますが、昨日と同様、宮内庁からは行幸主務官の岡総務課長と目黒侍従に御出席をいただいております。そして、高知県からは橋本知事が出席をさせていただいております。

 本日の記者会見も、ただいま御紹介しました3名の方からそれぞれお話をいただきましたのちに、記者の皆さんからの質問をお受けしたいと思います。それでは最初に、岡行幸主務官から、御日程などにつきましてお話をいただきたいと思います。

(岡行幸主務官)
 まずもって、本日、関係の皆さんの周到な準備が実って、感動的な開幕の行事が行われましたこと、心よりお喜び申し上げます。また、本日も、沿道に15000人を超える県民の方々から奉迎をいただきまして、この場を借りて御礼申し上げたいと思います。

 両陛下、本日でございますけれども、もう皆さん御案内のとおり、ほぼ御予定どおり、午前中に県立牧野植物園を御視察になり、そこで国体役員と関係者の皆さんと御昼食をとられまして、午後1時、県立春野総合運動公園陸上競技場での開会行事に臨まれたところでございます。そしてさきほど、ほぼ予定どおり、お泊所でありますこの城西館にお入りになっておられます。

 本日はこの後、6時40分頃から、恒例の国体役員懇談会に御臨席される予定でございます。明日の御予定でございますけれども、午前中に高知女子大池キャンパス体育館で行われますハンドボールの競技を御覧になられまして、御昼食は高知工科大学でおとりになられます。そして、午後、県立青少年センター体育館、野市町にございますここで新体操競技を御覧になられました後、野市町役場で時間調整をされました後、高知空港より還幸啓の予定ということになっております。
 よろしくお願いいたしたいと思います。

(島田県政情報課長)
 次に、橋本知事からお話をさせていただきます。

(橋本高知県知事)
 今日もまたよろしくお願いいたします。もう10日ほど前からですけれども、今日の天気予報はずっと曇り、雨というマークが出ておりましたので、どうなることかとずっと気をもんでおりましたけれども、お陰様で午後から急に良い天候に恵まれて、無事、式典を終えることができました。誠にありがとうございます。

 ちょうど、両陛下、牧野を御見学をいただいて、少し早めの御昼食をおとりになって、お帰りの前の御休憩室におられる時に、ちょうど雨が上がって陽が差してまいりましたので、お帰りに当たってお部屋を出られた途端、天皇陛下から「すっかり陽が差して来ましたね」というお言葉をいただいて、陛下もとても嬉しそうな顔をされておりましたので、私も「お陰様で」と言って、大変嬉しい思いがいたしました。

 式典及び式典前の演技も順調に進みまして、終わった後、日比野国体委員長からも、陛下のお言葉として、「式典前の演技は大変良かった」というお誉めの言葉をお伝えをいただきました。また、春野の競技場をお出になる時にも、「滞りなく式典が終わって良かったですね」という趣旨の声を天皇陛下からかけていただきました。

 その前の牧野植物園でございますが、門を入って管理棟に行くまでの道すがらにいろんな植物がございます。もうその段階から、次々と、御説明をしておりました小山園長に御質問がございまして、小山園長もやや慌てふためいておるような様子が、後ろからは受け取れました。

 その途中、皇后陛下がねむの木を見つけられまして、私に、ブラジルに行かれた時に赤いねむの木をブラジルからいただいたというお話をされ、併せて、「今回の国体にもブラジルとパラグアイから県の関係者の方が来られていると聞きましたが」というお話がございましたので、両国の県人会の人たちにこちらに来ていただいて、国体の開会式を見学していただくことになっているというお話をいたしましたら、「何人ぐらいお見えなんですか」というふうにおっしゃったので、「明確な人数を忘れたんですけれども、10人くらいの方がおいでになっています」というお話をいたしました。

 植物のことは両陛下大変お詳しゅうございますし、また、あちこちお出かけになって、「この植物はあそこで植えたことがあるね」とか、いろんなお話をされながら行かれておりました。また、浜アザミという高知県にもございます、砂浜などに咲くアザミがございますが、これについては、須崎(すざき)にも随分いっぱいあって、「そこで採ったことがあるね」というようなお話をされておりまして、併せて小山園長にも、昭和天皇のお書きになりました『須崎の植物』という本がございますが、「須崎の植物の編集にも関わられましたか」というような御質問がございまして、「そうです」という趣旨のお答えを小山園長がしておりました。

 また、御昼食の時には、日本体育協会関係者、また文部科学大臣を始めとする方々との御昼食でございますので、スポーツのことがいろいろと話題になりました。例えば、サッカーのワールドカップのことに関しましても、皇后陛下が随分御関心をもって、両陛下ともだとは思いますが、お話は皇后陛下からございましたので、御関心をもって御覧になっていたようで、「日本、韓国、ともに大変いい成績をあげられて良かった」というようなお話をされておりました。

 文部科学大臣遠山さんに、「どれぐらいワールドカップを御覧になったか」という話をされて、何箇所と言われたか忘れましたけれども、随分多くの会場を回られてるということだったんですが、試合を見るということよりも、むしろ例のチケットの問題があったために、席が空いてるかどうかとか、「その後の善後策のために見に行かざるを得なかった面もございます」というような話をされておりました。

 で、宮城県の、前の国体の会場にもなりましたサッカー場の話が出まして、そこでは日本対トルコ戦がございました。遠山大臣はトルコの大使をされておりましたので、これもちょっとどなたからの御発言だったか忘れましたけれども、「トルコの大使をされてたから、日本対トルコ戦を応援するのはなかなか大変だったでしょうね」というようなことがございまして、「そうですね」というふうなやりとりのお話がございました。

 もう一つ、障害者スポーツのお話が随分出ました。と申しますのも、両陛下、皇太子の時代には障害者スポーツ大会、ずっと行っておられたために、大変内容にお詳しいからでございますが、そんな中で、皇后様と天皇陛下も言っておれられましたけれども、このあいだ、車椅子のテニスの試合を、何回か、来てくださいと言われながら行けなかったのに、行ってみましたら、ワンバウンドだけでなくツーバウンドまで許されるというようなルールだけれども、もう本当に、ツーバウンドだと、ほとんどの球を拾ってやっているのでびっくりしたということと、ただ、サーブが非常に、こう車椅子が少し動くのでやりにくそうに見えたというような話を皇后様がしておられました。

 で、皇后様がその車椅子のテニスを見に行かれた時に、「一度、車椅子に乗ってやって御覧にならないかと誘われたのですが、とても自信がないのでそれは挑戦しませんでした」ということを言われましたので、私が、「車椅子のバスケットの方ですけれども、見に行った時に、車椅子のバスケットをやってみないかと言われて、私は車椅子に乗ってやりましたが、非常にもうスピードが出ますし、ものすごい急角度で回りますので、とても障害者の方のようなことはできなかった」というお話とともに、「スローイングも何回かしてみたけれども、ひとつもシュートが入りませんでした」というふうなお話をいたしました。

 その他にも、「盲人卓球」といって、ネットの下を転がす卓球がございます。こういうようなものについても、天皇陛下が、「盲人卓球も、盲聾の学校などを訪ねて生徒さんにうかがうと、とても人気のあるスポーツだ」ということを言われておりました。で、「もう少しその障害者のスポーツが、スポーツとして認められるようになるといいね」というようなお話になりました。

 そんなときに、「そもそも出だしが、スポーツは文部科学省、障害者スポーツは厚生労働省というふうなお役所のその区分けがありますから」というふうな話になりまして、皇后様も「それは日本だけではなくて、ヨーロッパでもそもそも障害者のスポーツというのは障害者の方のリハビリで始まったという歴史があるから、そこはやむを得ないところがあるでしょうね」というふうなお話をされておりましたが、

スポーツの担当局長が、「これからは、そこら辺も随分、縦割りの壁も越えて、一緒にやれるような形になった」ということをお話になっておりましたし、安西会長からも、「障害者スポーツの協会も、今度、日体協のほうに加盟をされた」とおっしゃったか、「される」とおっしゃったかで、「これからは、一緒にスポーツとして取り組んでいけるのではないか」というようなお話が縷々ございました。以上、あまり長くなるといけませんのでこの程度にいたしますが、また何かございましたら御質問いただきたいと思います。私からは以上でございます。ありがとうございました。

(島田県政情報課長)
 続きまして、目黒侍従から、両陛下の御様子など、よろしくお願いいたします。

(目黒侍従)
 両陛下は、さきほど、少し早めではございますが、当お泊所の方にお元気な姿で御着になられました。今日、午前中、県立の牧野植物園にお出ましがございましたが、生憎の雨ではございましたが、いらっしゃる前からたいへん楽しみになさっていらっしゃいました。

 特に、最近の新聞に、明治21年11月に出されました牧野富太郎博士の処女作といいますか、『植物図日本植物史図編』の第一集を自費出版されたという記事が載っておりまして、それを両陛下御覧になっていらっしゃいました。

 その中に6種類の図が載っておりまして、その中の1つに「梅鉢草」という大変小さな白い花が咲く植物でございますけれども、これは那須地方にもかなり分布しておりまして、那須の御用邸にいらっしゃるとき、いつも花を御覧になるのをたいへん楽しみになさっていらっしゃるのですが、これは8月では見られず、9月の初め頃から咲き始めるたいへん可憐な小さな花でございまして、両陛下がたいへんお好きな花でございます。

 実はその記事が載っておりまして、今回、牧野植物園を訪れる際に、おそらく牧野植物園にはその原版があるのではないかということで、直前になって園長さんにお話申し上げましたら、快く出してくださいました。また、その第一集の図譜も出てまいりまして、それを最後の御休所で園長さんから実際見せていただきまして、たいへん興味深く御覧になっていらっしゃった御様子でございました。ちょっとそういうことがございましたので、御紹介させていただきます。

 植物園内ではたいへん興味深く、ちょっとお時間がないぐらいではなかったかという感じを受けました。以上でございます。

(島田県政情報課長)
 それではただいまから質問をお受けしたいと思います。
(記者)
 知事に2点ほどお尋ねいたします。1点目は、これあの、あらためてということになるんですが、知事にお話をお伺いできるのはこの記者会見が最後ということなので、あらためてお尋ねしますが。この2日間ですね、両陛下と御一緒されて、印象に残った点、あるいはその出来事、感想などがありましたら、お聞かせください。

 もう1点もですね、これも昨日質問が出た話なんですが、知事は「高知から国体を変える」ということでですね、国体の運営のあり方等についていろいろお考えをお持ちのようですが、この点について、開会式が行われた今日ですね、陛下と、この点が、お話の中で話題に上ったことはありますでしょうか。もしない場合はですね、今後そういったことをお話しされる考えはございますでしょうか。

(橋本高知県知事)
 この二日間、両陛下の御様子を見ての私の思いでございますが、大変お元気そうに思いましたし、とても高知の御旅行を楽しんでいただけるのでないかというふうに私は思いました。

 と申しますのもですね、平成5年の11月に、前に地方事情の御視察でお寄りいただいた時、昨日申し上げようかと思ってやめたんですけれども、実は、皇后様がお声の調子を悪くされていた時でございましたので、非常に天皇陛下も御苦労されながら御一緒に回られていたということを記憶をしております。

 で、今回御一緒に回りましたら、前に私が、それこそ宮内記者会などで感じていた以上にですね、皇后様のお声が非常に大きくて元気良く聞こえました。日ごろ、わりと小さなお声でお話になりますので、なかなか、傍らにいますと、お声が聞こえない、内容がわからないということがございますが、今回は非常にはっきりとお声が聞こえて、とてもこう、お気持ちとして、お体もそうなんでしょうけど、お気持ちとして、お元気なんではないかなということを、私としては感じました。

 あわせて、奉迎の人たち、出迎え、また一般の県民の皆様方に、とても懇切に、温かくお応えをしてくださっているということを特に思いました。あの、いつものことかとも思いますが、例えばこの城西館にお着きになった時もですね、歩道の両側に県民の皆さんがおられるわけです。

 普通、ただこう降りられて、お手を振られると、向かいの道の方にいらっしゃる方しか見えないわけですけれども、わざわざ歩道のところまで出て行かれて、左の方にも右の方にも手を振られる。

 で、少し皇后様が2、3歩後ろにおられると、天皇陛下が、「いやもう少し前に出て皆様にお顔を見せたら」という素振りで手を引かれて、お二人揃って歩道に出られて、ゆっくりとこう手を振られ、「天皇陛下」、「美智子様」とお声がかかると、何度も何度も振り返ってお手を振られるという御様子を見てですね、とても御丁寧に対応していただいているということを、非常に嬉しく思いました。

 それから、国体の簡素化の関連のことでございますが、今日、御昼食を一緒にしておりました時に、最初の切り出しは、遠山大臣が、「国体の準備のために、簡素化も含めて、いろいろ御苦労がございましたね」という言葉をかけてくださいまして、あわせて、陛下からも、その、簡素化ということでいろいろ苦労したのかという御趣旨の御質問がございました。

 で、お答えは、昨日お話をしたのと同じことでございますけれども、秋の国体の競技を5つ夏の方に移す、また陸上を前倒しにというようなことで、それはまあむしろ、日体協の安西さんが引き取って、そういうようなお話をしてくださいました。

 内容的にはそれだけでございますけれども、その意味では、天皇陛下も国体の簡素化ということを一定御認識をいただいて、それに対する御質問をいただいたものというふうに受けとめております。また、遠山大臣、また日体協の安西会長を含め、この簡素化のことは前向きに捉えていただいて、そういう前向きのお話を、天皇皇后両陛下にも、会長からもしていただけたというふうに思っております。

(記者)
 知事にお伺いしたいと思います。その国体の関連なんですけれども、国体の一つのあり方を見直すという形で、まあそのひとつの現れが今日の集団演技だとか、開会式だったと思うんですが、それを実際に両陛下に見ていただいて、知事のお考えとしてはですね、知事がお考えになってるあり方というものをですね、両陛下にわかっていただけたというかですね、そういうようなお気持ちはありますでしょうか。

(橋本高知県知事)
 両陛下にわかっていただくというのはおこがましいことなので、そのような言い方はできませんけれども、そういう簡素化に高知県が取り組んだということは、先ほどのお話のやりとりでもお分かりいただけるように、両陛下も十分御認識をいただいていたと思いますし、そういう目で今日の式典前の演技も式典も見ていただけたと思います。

 そのうえで、式典前の演技について、大変素晴らしかったということを日比野委員長を通じてお伝えをいただきましたので、私は、高知県のやり方というものを一定お受け止めいただけたというふうに思っております。また、私自身、過去何回か各県の国体の開会式に参加をさせていただきました。それぞれに大変素晴らしい競技場でございますので…。ただ、素晴らしいがために、たいへんすり鉢も高く、スクリーンなども非常に上の方にあります。

 それに対して、春野の競技場は非常にコンパクトでございますので、スクリーンもとても間近にございますので、入場行進をする選手の皆さんが、日体協から見ますと少しはしゃぎすぎというふうに見えたかもしれませんけれども、自分の映っている姿が非常に間近に見えるために、とても、特に若い選手は、そういうことを喜びながら歩いていてくれたと思います。

 あまり羽目を外し過ぎてはいけないと思いますし、そういうきらいもなきにしもあらずでしたけれども、全体的には、私は、従来のような行進のための行進よりも、春野で簡素化をしたやり方の中での行進でございましたので、かえってアットホームな雰囲気が行進にも現れたのではないかなと、で、それをまあ両陛下がどう受け止めてくださったかは分かりませんけれども、そういう雰囲気を見ていただけたというのは、私は、良かったのではないかなと、自分なりに思っております。

(記者)
 知事にお伺いします。 今のその競技場の話なんですけれども、お隣に、去年開催されました宮城県の浅野知事とお座りになっていたようですが、私も去年宮城スタジアムに行かせていただいて、すごい立派なスタジアムだったんですが、浅野さんから知事の方にですね、何かこう競技場に関してとか、あるいはその大会運営について、お話とかあるいは感想とかいうのはありましたでしょうか。

(橋本高知県知事)
 浅野さんからはですね、式典前演技が終わった後、その式典前演技を見て、「とても良かった」と、「自分も感動した」というふうに言ってもらいました。浅野さんも簡素化ということは十分良く知っておりますので、「ああいうものはお金をかければかけただけのことはもちろんできるわけだけれども、簡素化という中で、とても感動的な素晴らしい式典前の演技だった」ということを言ってもらいました。

 去年の宮城の大会の時もですね、少し午前中お天気はぐずつき気味で、ちょうど開会式に合わせるように陽が出て、あの時は式典の途中で虹が出て、そのことが話題になりました。今日のお昼お話をしていたときもそのことが話題に出たんですが、我が方は虹は出せませんでしたけれども、同じようにいいお天気にはできたので、

浅野さんにも、「これで天気が悪かったら、また、お前の行いが悪いからだということを言われるといけないと思って焦ったんだ」という話をしましたら、彼も、空港に着いた時にはまだお天気が悪かったので、私に会ったら一言言ってやろうかと思ったら、急に天気が良くなったんで、でも良かったねということを言ってくれました。

(記者)
 明日の日程のことでお尋ねしたいんですが。高知工科大学で御昼食という予定が入ってまして、これ、順路で見てもかなり遠回りな場所で、しかも日程のうえでは御視察じゃなくて御昼食という形になってまして、だけど実際には施設概要の説明も行われるということで、ちょっと中途半端な日程のように見えるんですが、知事は、この高知工科大学を見ていただくというのは、どのようなお考えでこのスケジュールに入れたのでしょうか。

(橋本高知県知事)
 県として特に、高知工科大学をどうしてもという申し上げ方を僕はしたとはちょっと思っておりませんので、いくつか御視察場所として、両陛下が動かれる中央地域でですね、御昼食も兼ねて使えるところを御提示をした中から協議の結果選ばれてきたというふうに思っておりますので、特に、これだけはどうしてもという御無理を言ってお願いをしたということではございません。

 ただ、高知工科大学は、私が知事になりましてから公設民営といういう形で整備をしまして、平成9年度から開学をした大学でございますので、おいでいただけるということは、たいへん、私にとりましても、また学生にとりましても、教員にとりましても、嬉しいことでございますので、ただ御昼食にお寄りいただくというだけではなくて、折角の機会でございますので、少し大学についても見ていただき、御説明を聴いていただければということを思っております。

(記者)
 これはどなたでも結構なんですけども、両陛下は昭和51年に高知に来られたときにですね、牧野植物園を御視察されてます。で、今回、今日見えられた牧野植物園というのは最近リニューアルをされましてずいぶんと趣も変わってるんですけども、そのことについて何かお話とかありましたでしょうか。

(橋本高知県知事)
 私からまず、私が見た範囲、お聞きをした範囲でお答えをいたしますが、お庭などを回ってた時に、「これは前にもあったのでしょうか」という、「この辺りの風情はあったのですか」というお話が皇后様からありまして、小山園長が、「これは新しくリニューアルをした部分でございますので、前お見えになった時はございませんでした」というようなやりとりがひとつございました。

 それから、奥様の寿衛子(すえこ)さんのことの展示のところにスエコ笹のことがございまして、天皇陛下が、「スエコ笹の碑を、そういえば、前来たときに見ましたね。あれは旧館の所にあったんでしたね」というような思い出のお話をしておられました。

(記者)
 これは侍従か課長だと思うんですけども、この行幸啓のですねあり方っていうのは変わってきてるんでしょうか。私ちょっとそういう知識が乏しいんでわかんないんですけども。あの、あるいは、そのなんか見直しとかですね、突然、唐突で申し訳ないんですが、何かあるんでしょうか。

(岡行幸主務官)
 変わってきてるといえば変わってるところもありますし…、ちょっと何とも。例えば、具体的にはどのような点でしょうか?御関心のポイントは?

(記者)
 まあ、高知国体からですね、いろんなものを、見直そうという動きが出てですね、簡素化とかあるんですが、まああのう、皇室の方もですね、いろんなその開かれた皇室というんですか、取り組みされてると思うんですけども、そういうふうな取り組みの中でですね、何か変わってきてるのかなあと、あるいは何か変えようとしてるのかなあというふうに思うんですが。

(橋本高知県知事)
 あの、どれぐらいの時間のスパンでね、変わったということを言われてるかにもよりますけれども、昭和の時代からの変化ということで言えばですね、これはもう沿道の奉迎者への対応というのはまったく変わりました。つまり、警備は大きく変わったというのがですね、本来の宮内庁側の問題とは違いますけれど、大きな変化だと思います。

 あの、覚えてらっしゃるかもしれませんけれども、昔はもう、沿道の車道のところに、歩道を向いて、制服の警官の方が何十メートルおきぐらいに立って警備をするというやり方でしたけれども、平成の時代になって、そういう警備の仕方から、もっとソフトな警備の仕方にということが大きく変わったと思います。

 それはもう、誰がとか、どういう意見でということではなくて、やはり時代の大きな変化だと思いますが、そのことが、とても、私も車に乗ってて思いますけれども、沿道のお迎えをする方々と両陛下との距離を縮めているように思いますし、だからこそこれだけ多くの方がですね、沿道に出て来てくださるのではないかなと。私は、少しまあ記者さんが言われた変化ということよりも長過ぎる時間の変化かもしれませんけれども、一番やっぱり行幸啓での大きな変化というのは、警備の変わり方ではないかというふうに思います。

(岡行幸主務官)
 まあ、そういう流れの中で申し上げれば、あの、変わったというよりも、常に両陛下の御意向といいますかお気持ちを体して私ども行幸啓の準備をしてもらっております、主務官としても。その際一番念頭に置いておりますのは、陛下が御即位以来、常に「国民とともに」「国民と心をともにする」ということをおっしゃっておられることです。

 したがいまして、行幸主務官として、行幸啓の御日程を、県の方、関係の皆さんと御相談するときにも、両陛下が県民の方、市民の方と心をともにされるような雰囲気づくり、環境づくりということを念頭に置いて常にお願いいたしております。また、その場だけの方々だけじゃなくて、そういったお姿が、皆様方メディアも通して、広く、国民の皆さんにも伝わるようにという気持ちで常にやっておるところでございます。

 したがいまして、いろんな事情、流れはあるんでしょうけれども、たぶん、知事がおっしゃっていただいたように、昭和の時代とはその辺も少し違っているのかもしれません。ただあの、さっきおっしゃられたように、開かれた皇室っていうのは、少なくとも我々宮内庁のキーワードではございません。私どもはもう、両陛下、常に国民と心をともにされる、そのためには我々、どんな場面、どんな御視察先をつくっていったらいいのかということを常に念頭に置いております。

(記者)
 これはちょっと知事にお伺いしたいんですが、昨日の会見、今日の会見ともにですね、知事はあの、かつて宮内庁で取材されてたことを思い出しながらお話もされてた部分があったかと思いますが、かつて両陛下を取材する立場であった者からですね、今回そのホスト県のトップとしてですね、両陛下に御来県いただいたことに対しての、ご自身の中でのお気持ちの、まあ感慨というんでしょうか、そういったものについて、もし話せるものがあったら、お伺いしたいんですが。

(橋本高知県知事)
 平成5年にもお見えになっておりますので、今回が、自分が記者をして、あと、知事になって初めてお目にかかりお話をしたということでもございませんから、そういう意味での新鮮な変化というのは特にございません。けれども、私、先ほどの繰り返しになって恐縮ですが、今回思いましたことは、大変お元気だということです。

 それはその、お体ということよりも、何か気持的にとてもお元気なのではないかなと。お話が、非常に、以前感じておりました両陛下よりも、スムースに、とても次から次へといろんなお話ができて、自分自身が年をとったということもあるかもしれませんけれども、とても、そういう意味では、何かこう雰囲気として、「近い」というと大変失礼な言い方なんですけれども、そういうものを感じました。

 なんか、両陛下もまあ、その分、お年を召された分、またこう、さらにやわらかくなられたことがあるのかもしれませんけれども、とても、今回、2日間こうお話をしてて、これも失礼な言い方かもしれませんけれども、お話が楽しかったというのが自分の印象です。

(岡行幸主務官)
 今ふと、あの、いい例を思い出しました。何が変わったかという点ですけれども。実は私警察出身なんですけれども、私が警察の立場で昭和の終わりの頃仕事をさせていただいたときには、両陛下の動きというのは、お立場がお立場なだけに、いろんな大事な行事に御出席されますので、時間ピッタシピッタシにお動きになれるように日程を組んで、関係の皆さんにも時間ピッタシに動いていただいて、たぶん昭和天皇にもそのとおり動いていただいていたんだろうと思います。

 今はもう完全に違います。例えば、今回、皆さんお気づきになったと思いますけれども、牧野植物園で御視察日程が途中でたぶん6分か7分ぐらい遅れたところもあったと思います。運動競技場でも時間が多少遅れたかと思います。それから、ときどき着くのが2分早くなったりしたと思います。

 これは、例えば沿道で申し上げますと、奉迎者がいらっしゃるところは、皇后陛下なり陛下が沿道の方の目を追われてお応えできる程度のスピードに落とすのを原則にしています。したがいまして、道が狭いと10kmぐらいになりますし、広いと15kmから20kmぐらいのスピードで走っていると思います。そうすると、完全に時間は読めないわけです。当然人出が完全に読み切れるものじゃないですから、多少幅が出ます。

 それから、御視察先でも、陛下が御関心をお示しになって、御案内者との会話が弾めば、それはそれなりに多少遅れようが、ちょっと遅れすぎるようになると私がいらいらして動きが目立ってみっともないところが出るときもあるんですけれども、まあ、そういうのは別にして、かなりフレキシブルにやっております。

 でも、お気づきのように、次に、その施設を、御訪問先を出発されるときはピッタシに出ていただいております。そういうことが可能なように、調整時間だとかいろんなものを工夫して、バッファをいろんなところに埋め込んでありますので、そういう意味では、節目節目では、大事な式典だとか行事には遅れないように、しかし、それぞれのところでは、いろんな意味で、両陛下が、例えば沿道の方々にお応えになるのであれば、もう充分お気持ちが伝わるように幅を持った時間設定になっております。

 そういう意味でも、国民と心をともにされるというようなところにウェイトを置いたあり方といいますか、予定の組み方なんかは、多分私が昔警察サイドでやっていたとき、いかに時間どおり、当時は確か十秒単位ぐらいでいろんな日程を書いてありまして、そんなに狂わなかったのですけれども、今はもう数分単位はもうあって当たり前と、ただし節目節目はピッタリ合うと、いうような考え方でやっておりますので、陛下の「国民と心をともにされる」というあたりをキーワードに、いろんな意味でそれが実現するように、少し変わっているのじゃないかなと思います。

(島田県政情報課長)
 もし御質問がないようでしたら、次の行事の関係もございますので、終わらせていただきたいですが、よろしいでしょうか。
 それではこれで記者会見を終わらせていただきます。ありがとうございました。


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