雇われないで生きていく。(月刊『アントレ』編集長インタビュー 2003年1月号掲載)

公開日 2007年12月07日

更新日 2014年03月16日

雇われないで生きていく。(月刊『アントレ』編集長インタビュー 2003年1月号掲載)

雇われないで生きていく。

    いろいろなタイプの人がいて、
    それを許容できる社会が私の理想だ。
    組織の中で働く人、独立する人、契約社員、専業主婦。
    どんな人でも、当事者意識を持って
    生きられるならそれでいい。
    独立する人だけがもてはやされるのはおかしい。
    「組織の歯車になるのは嫌だ」と
    言う人もいるけれど、
    歯車を回す経験から身につけられるものもあるはずだ。

    さまざまな体験から最終的に
    自分の向き不向きを判断し、選択し、
    個人の特徴を生かしていける社会。
    それをめざして私も仕事をしていこうと思う。

                  橋本 大二郎

 

自分の持ち味が生きる県知事という仕事

――橋本知事も、就任11年目。転身当時は「誰にでもできる仕事ならほかの人でいい、自分にしかできない仕事をしたい」と理由を述べていらっしゃいましたが、ご自分の持ち味は生かせているのでしょうか。

 知事の仕事で自分の特性を生かせていることは確かです。私はもともと、誰にでも合わせられる融通無碍なところがありました。人の話を聞くのが好きですし、バランス感覚もある。また、人の話からヒントを得て、アイデアを組み立てていくという点では、記者の仕事に通じるところもあります。

――著書に「人を喜ばせることが大好き」とありましたが。

 子供の頃から八方美人で、人に嫌われたくない、親にも先生にも友人にもいい子でいたい気持ちが強かったですね。それが今の「人に喜ばれる仕事をしていく」という意欲につながっています。

――しかし、県政の改革を進める際には、嫌われてでもやらなくてはいけないことが多いのでは。

 自分では嫌われるようなことをしているつもりはないのに、結果的にそうなっていることはあるかもしれません。自分では言葉に注意し、配慮していると考えていますが、ときには相手を怒らせ、それを根に持たれるとか。自分が言いたいこととはまったく違う意味にとらえられ、誤解されることもあります。人間の受けとめ方とはむずかしいものです。

 知事と会話するなんて一般の人にとっては滅多にないことですから、片言隻語まで覚えておられますしね。そういう点では、記者時代の対話とは違う責任が伴います。いくらみんなに好かれたいと思ってもそうはいかない。そのときどきでバランスをとっていくしかないですね。
 
 

長い目で見た県職員の意識改革を進める

――知事就任以来、さまざまな県政改革を進めてこられました。ときには社会的な衝撃をもたらす改革もありましたが、進展度合いはいかがですか。

 私が特に力を入れてきたのは、県職員の意識改革です。お役所仕事と揶揄されるような仕事ぶりを改め、職員が県民へのサービスマン・サービスウーマンであることを徹底させる。それも上意下達の言葉で言うだけでは進みません。今は職場単位で、その部署のお客様がどういう人であり、ニーズをどのようにつかむか議論しています。

 何か課題があるとすればそれを乗り越えていくための目標を設定し、目標管理を行います。そのためのリーダーシップについても議論が為されるようになりました。

 大切なことはそれぞれが自分や自分の職場の強みと弱みを自覚すること。企業の中では経営品質という言葉がありますが、私は行政経営品質の策定をめざして、経営品質を高めるために企業が作っている項目の行政版を策定しました。それは遠回りのようですが、実は県庁の体質改善にはとても重要なことです。

 体質が変わっていないと、長い時間が経つうちに同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。漢方的気づきとでも言いましょうか、対症療法ではなく本質的な体質改善をめざしたいと思っています。

 たとえば、以前は管理職向けの研修も、課長になってから講義形式で話を聞くというものでした。しかし今は、課長になる前から必要な意識や能力レベルのディクショナリーを示して、自分の力を高めてもらう研修になっています。課長のコンピテンシー(職務遂行に必要な能力資質要件)は9項目定めましたが、それにマーケットリサーチ力を入れるべきかどうかを議論しているところです。

――それはなぜでしょう。

 これまでは予算や仕事は上から下へと流れていました。国からもらった予算を消化して、決められた仕事を進める。しかしこれからは、今抱えている問題を解決するための事業や施策を県みずから考えて、予算を国から取ってくるという姿勢が大切です。下から上へと流れを変えるわけです。

 そのためにはまず、住民のニーズを調査しなくてはなりません。今は公共事業が槍玉に上がっていますが、無駄なものばかりではありません。即効性のある事業、100年に一度という災害に備える事業などいろいろあります。無駄論には住民ニーズの議論が抜け落ちていると思います。

 行政が住民のニーズをつかんでいないから、せっかくの投資が無駄と言われてしまう。それこそが無駄なのです。無駄を作らないためにもマーケットリサーチの能力を高めていかなければなりません。
 

人的ネットワークは独立のセーフティネット

――結局、改革のゆくえは職員一人ひとりがどれだけ当事者意識を持って、変化に挑戦できるかにかかってきますね。

 そうですね。一般的には女性のほうが変化に挑戦する意欲が高いように思います。男は組織に頼りがちです。転職や独立という岐路に立たされたときもそうではないでしょうか?

 男は古臭い考えから抜けきれない。今後は県や外郭団体などでも契約社員的な人員募集が増えてくると思いますが、女性は機敏に反応して身軽に動くのに、男性は正社員という立場にこだわりがちです。

 また、SOHO講座などを開催しても、参加者は女性のほうが多いですし、成果を上げているのも女性です。男には「一家を背負う」というトラウマがあるのかもしれませんね(笑)。

 もっとも、私は組織の中で生きていく人が悪いと言っているのではありません。いろいろなタイプの人がいていいし、いろいろなタイプの人を許容できる社会でありたいとも思っています。必要なのはそれぞれの特長が生かされ、個人個人が当事者意識を持っていくこと。

 「組織の歯車になるのは嫌だ」などと格好いいことを言って転職ばかり、自分の持ち技を身につけられないという人をときおり見かけますが、いけません。歯車を回す経験から何かを身につけることだってあるのですから。組織の中で働いてみて、最終的に向き不向きを決めればいいのです。

――大組織から独立された先輩として、独立をめざす人にメッセージを。

 NHKを離れたとき、給料がなくなるだけでなく、社会保険や福利厚生など、自分では意識していなかったガードがいっぺんになくなるということに気づいて愕然としました(笑)。

 独立を志すなら、その覚悟をしておく必要がありますね。独立では予想外のことが起きがちなので、なんらかのセーフティネットが必要です。特に人的なネットワークは大事。ネットワークとは人から信用してもらえるという証しでもあります。

 事業はアイデアだけで勝負できるものではありません。アイデアだけで成功する人は何万人に1人でしょう。読者のみなさんにはそのことを心にとめ、ぜひネットワークの充実を心がけていただきたいですね。

 取材●野村 滋 文●千葉 望
 


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