公開日 2007年12月07日
更新日 2014年03月16日
知事インタビュー「首長が語る、民間人を求めるその理由」
橋本大二郎高知県知事インタビュー
自治体は、将来の地方自治にどのようなグランドデザインを描いているのだろうか。その実態とはどのようなものなのであろうか?
企業も今、多くの矛盾と戦いながら、自らの襟を正そうとしている。安定志向は影を潜め、名だたる大企業ですら、企業統合や合併も日常茶飯事。倒産することだってある。そんな民間企業の経験者に、行政はいったい、何を求めるのか。地方自治改革の旗振り役としても知られる論客、橋本大二郎・高知県知事に聞いた。
(編集、提供:株式会社リクルート B-ing編集部)
「民間活力という言葉には違和感があります」―開口一番、われわれの「民間活力の活用論議が広がっていますがどう思われますか」という問いに対して、橋本知事はそう答えた。
「行政が今、さまざまな人材を必要としているという見方は正しいのですが、それがイコール、民間企業出身者を活用しようという意味ではありません」
当然のことながら、公務員試験という難関を突破しなければ公務員にはなれない。つまり、勉強ができ、「専門知識の達人」にならなければ、公務員にはなれないわけである。しかも多くの場合、学校を卒業してすぐ公務員になり、そのまま行政という組織で育っていくことになる。そんな彼らの業務を端的に表せば、「法律と制度の運用者」ということになる。
そしてこれまで地方自治体の職員の場合は、「国の制度をうまく取り入れ、それを市町村や地域に配分していく、その中継ぎをするというのが大きな役割であった」のだ。
「それはそれでこれからも必要ですし、役所ですから法律をきちんと読めて、それを運用していくという力は重要です。しかしこれからは、それだけではなく、そもそも国や地方の制度、枠組みというものが今のままでいいのかを考え、その枠組みにとらわれない新しい地方自治のあり方を現場から模索していく力が必要とされています。それはなかなか役所の中で育った人だけではできませんので、幅広く役所とは違った発想をする力が必要だと思うのです」
高知県では、2001年度まで3年間、「県民参加の予算づくりモデル事業」を行ってきた。そこで橋本知事が望んだことは、アイデアの発掘、予算づくりの難しさに対する県民の理解促進もさることながら、そこで語られる県民の思いの中に、これまで自分たちが感じていなかった何かがあるのではないかということを職員に読み取らせることであったという。
「残念ながら、そこで出来上がった事業を遂行する課にとっては、県民の思い付きで出てきた『やらされる』仕事だという意識が強く、『そういう事業は自分たちもやっている』ということで済ませてしまう傾向がある。たとえ見た目は同じような事業であっても、そこに至るまでに県民が考えた方法と自分たちの手順との違いなどを学ぼうとはなかなかしないですね。職員がそこを学んで意識を変えていくということが必要となりますが、一方で県民の思いをよく理解できるタイプの人に入ってもらうことも必要なのです」
ただそれは、民間といっても別に企業人に限る話ではない。例えば市民オンブズマン、NPOで活動する人々などの視点も必要だと橋本知事はいう。
「従来の公務員にもできる人はいます。だけど、また違う人材も必要なのではないかなと思います」
〇任期付き採用という方法が一つの解決策になる
とはいえ、大海に石を投げ入れても、最初の波紋が消えれば石は二度と見えなくなる。それは、投げ込んだ者にしても、投げ込まれた石にしても幸せなことではない。
「転職して身も心も県の職員になってしまえば、必ず、その色に染められることになると思います。さらに、企業出身者の場合、給与面の開きが、どうしても優秀な方が自治体に転職する妨げになっている。だとすれば、任期付きであるミッションに挑戦していただくという方法がいいと私は考えています。そうした制度が出来上がっていますので、ぜひ、手を挙げてほしいですね」
まさに、「これまでの公務員、役所にはない発想をする人」を高知県は求めているわけだ。
「多くの方が応募してくださるのであれば、窓口を設けて対応することも十分可能だと思います。ただ、定数の問題がありますから、一般職員まで任期付きで多数の人材を採用するということはできません。どうしても、指導的な役割や専門的な役割の人に限られますが、何の分野であれ、役所に入ってこういう仕事をしてみたい、こんなことができるというアイデアを持って挑戦してほしいですね」
〇職員の意識を変えていきたい
橋本知事は、県職員の意識改革に意欲的に取り組んでいるが、まず、そのための柱となる行政経営品質を策定した。分かりやすくいえば、高知県の経営理念である。
「自分たちにとっての顧客は誰か、顧客のニーズや時代の変化をどうとらえて、その変化に合わせて自分たちの組織運営をどう変えていくかなどを明文化したものです」
そして、県政においてはこれも画期的なことだが、人事システムにコンピテンシーの考え方を導入した。一般にコンピテンシーとは、成果につながる能力を意味し、その再現性を重視する。優秀な人材の行動様式を分析し、それをモデルとしてコンピテンシーを測る項目を設定し、それぞれの項目の達成レベルを評価する。
「従来は、課長昇任後に集合教育を通して必要な能力を身に付けていました。現在は、今後課長になる、またはなりたいと手を挙げた人に、課長になるために必要ないくつかの力を示して、自分に足りないものを研修などを通して磨かせる。そして、『課長になるだけの技術と能力を身に付けた』と評価された者を昇任させています」
課長職予備群を対象としてまとめたコンピテンシー・モデルだが、2年目となる今年は、課長補佐、班長(一般的には係長)予備群にもその対象を広げている。
「今後は、単に課長職というだけではなく、福祉の分野に進むのであればこう、産業政策ならばこうという分野別のコンピテンシー・モデルをつくっていきたい」
それが実現すれば、適材適所の配置、的確な採用にもつながる。また職員にしても、キャリアパスの道筋がつかみやすく、人生設計もしやすくなるはずだ。
こう書いてくると、まるで企業取材の記事を書いているような錯覚に陥る。確かに、自治体組織の意識改革が進まなければ、たとえ民間から優秀な人材を入れたとしても、その人材はやはり、大海の小石になってしまう。
「ただ、意識改革の道は決して平坦ではないのですけどね」
〇行政と企業の常識のどちらにも必要なゆらぎ
「私たちは民間ではできない仕事をたくさんやっているわけなので、そこにただ単に民間企業の発想を取り入れればいいというものではない。必要なのは、歩み寄りながらお互いが変わっていくことだと思います」
自治体を活躍の場とするならば、転職者も考え方の幅を広げなければならない。
「単に企業の発想を大事にするのではなく、役所の中でどう経験を生かせるかしっかり考えている人に来ていただきたい。給料が下がっても安定的な仕事につこうかというのでは困ります」
逆もまた真なり。現在の職員に求められることも、同じく幅を広げることだ。
「お互いが刺激になればいい。同じタイプの人が従来の仕事を続けているだけでは、そこにゆらぎは起きないし、強い意志も持ちにくいから」