公開日 2007年12月07日
更新日 2014年03月16日
中土佐町の採石事業訴訟での知事の意見陳述(要旨)
平成14年6月11日13時30分から(高知地方裁判所)
この訴訟は、高知県高岡郡中土佐町で採石事業を計画している企業が、県への許認可申請(注1)を留保されたままなのは行政手続法違反として違法確認を求めたものです。その第三回口頭弁論で、知事が出廷し、意見陳述をしました。下記の内容は、法廷での陳述そのままではありませんが、知事のこの問題に対する思いや考え方をまとめたものです。注1:採石法第33条の規定に基づく採取計画認可申請書及び森林法第10条の2第1項の規定に基づく林地開発許可申請書
中土佐町の採石事業訴訟での知事の意見陳述(要旨)
本日は陳述の機会を与えて頂きまして、誠にありがとうございます。陳述にあたりましての法律的な論旨は、あらかじめ陳述書に記載を致しました通りでございますので、ここでは少し知事としての思い、並びに多くの地域住民の思いと私が受け止めておりますことを含めてお話しをさせて頂きたいと思います。
で、実を申しますと私は、この中土佐町での採石の問題をきっかけに、初めて採石法や森林法に定められました採取計画や林地開発の許認可の基準の条文を目にしました。そうしましたところ、それはいずれもかなり限定をされた条件を除けば、許認可をしなければならないと読みとれるものでしたが、そこには、経済的な発展を図っていくために、産業活動になるべく制約を与えないようにしようという国の産業政策や国土政策の狙いが透けて見えているように思いました。
逆に言えば、その条文からは地域住民やそれを代表する立場の者の思いや意見、又、従来型の産業ではなく、交流人口をもとに将来をみこした新しい形の地域づくりを目指そうという取り組みへの影響を配慮する趣旨は、明文上は読みとれませんでした。
ですから、これが国の下請け機関としての上下主従の関係と言われた機関委任事務の時代であれば、この条文は極めて限定的に解釈せざるをえなかったと思いますし、それだけ早く結論を出すことになったと思います。
ところが、いわゆる地方分権一括法が制定されて、国と地方の関係が対等平等にかわった結果、この事務は機関委任事務ではなくなりました。さらにその際、国が本来果たすべき役割にかかるものなどと定義された法定受託事務ではなく、より国の関与の度合いが低い都道府県の自治事務とされました。
あわせまして地方自治法の改正に伴います追加条文や修正箇所をみてみますと、“国と地方との適切な役割分担”が繰り返し強調されておりまして法令の解釈や運用にも、これまで以上に地方の自主性と自立性が期待されていると読みとれます。と同時に、地方自治での市町村優先の原則も明示されておりました。
こうした流れをみて来ますと、国家的、又は全県的な公益性が論議される事業ですとか、広範な住民の安全のために広域的な視点をもって取り組む事業などを除けば、他の事業の許認可にあたってはあくまで地元の市町村とその住民をはじめとする地域の判断や思いが尊重されるべきですし、それが“住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本”とした新しい地方自治法の精神だと思います。
こうしたことから、採石法の認可にかかわる事務も、従来の機関委任事務の当時とは、その事務を進める上での法的枠組みが大きくかわって来たと受け止めましたし、自治事務にかわったあとの規定の運用にあたって知事は、これまでになかった地域の思いや地域の特性に配慮した判断が求められるようになったと考えました。
では地域の思いはどうかといえば、町長や町議会の意見は陳述書の通りですし、去年5月に町が行った住民の意識調査でも回答をよせた住民のおよそ2/3が計画に反対をしていました。
さらに、採石法の認可の基準にも規定をされました“その他の産業”という視点からみてみますと、中土佐町ではカツオの一本釣りの町といった伝統的なイメージと自然環境をいかして、交流人口という切り口からサービス産業を基盤にした町づくりを地道に続けてこられました。
具体的には、伝統のある魚市場大正町市場や酒造りのギャラリーをはじめ、黒潮本陣という太平洋を見下ろす宿泊施設や、イチゴ農家の女性たちの作ったケーキと喫茶のお店風工房等々、点が線につながるような街づくりが着々と進んでいます。
これは、従来のように一次産業や公共事業のみに頼るのではなく、将来につながる産業を目指した新しい試みで、県内53の市町村の先進的なモデルともいえるものです。もしこれが挫折することになったら、私は新しい地域づくりの芽がしぼんでしまうのではないかという強い危惧をもちますし、地域の方々も自然環境と相いれないといった風評被害も含めて何十年も続く採石事業がもたらすマイナスイメージに強い危惧をもたれているのだと思います。だからこそ地方分権が進む中で、拙速の判断はゆるされないと思いました。
ただ、かといって、現在の条文がそのまま生きている現状で、しかも国の担当省庁の解釈もかわっていない現状で、それを一方的に無視することも拙速にすぎるかと思い悩みました。
ですから、こうした地方分権の変化をうけてお互いの理解をもっと深める努力ができないものかと思い続けておりますし、そうした状況の中ではいずれにしろ拙速な判断をすることは、町にとりましても、またその中での仕事を計画されている企業にとりましても、将来に禍根を残すと考えましてあえて留保という形をとってまいりました。そのことは決して法的に相当な範囲を逸脱したものとは考えておりません。
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“この問題の処理はどうするつもりか”
地方分権の大きな流れの中で、採石法の認可の基準も自治事務にふさわしい改正がなされるべきだとは思いますが、法廷の場で立法を語ることは文字通り場違いでございますので、それは置くといたしましても、地方分権一括法の制定で、法の枠組みそのものがかわったと受け止めれば、条文はかわらなくても解釈の幅を広げることで、不認可とすることも可能ではないかと考えました。
ただそうすれば、公害等調整委員会なり裁判所なりに訴えが起こされ法廷の場での限られた人のその場だけの法律論争に終始してしまうことになります。
一方、機関委任事務と同様に機械的に認可をすれば、一部の住民の方から逆の訴えが出されてこれも法廷の場での限られた人の争いに帰着してしまうと想像をされます。ただこうした争いは、法的な決着にはなりますが、地域の問題の決着にはなりません。いつまでも不信や反感がお互いの胸に残るのではないかと思いますし、そのことは地域にとって決して幸せなことではありません。
ではどうすればということですが、もっと深くお互いの理解が進むような努力が出来ないものかと思いました。このため一度そうした場もつくりましたが、双方の主張のぶつかりあいで頓挫してしまいました。
こうした中、企業にとっては採石法の過去の認可の事例が常識として取り組みの前提になっているでしょうし、地域の側にも県にお預けをしたという意識がないではないように思います。そんな時にこの訴訟が起こされました。
先ほども少しふれましたが、私はこの事業は産業廃棄物の処理施設や原子力発電所のような幅広い公共性、公益性があるとは思いませんし、現実に他の地域の方は関心を持ってはいません。ですから、まさに“住民に身近な行政”として地域の思いが優先される課題だと思いますが、一方で、現行法の持つかたくなさも現実としてございます。
そうした時、県が判断を留保していることが、法律的に相当な範囲だとの法廷の判断を頂ければ、地域と企業という当事者双方がお互いの殻をもう一度脱ぎ捨てて話し合っていく大きなきっかけになると思うのです。もちろんそうではなく、県の対応がおかしいという司法のご判断が下るのであれば、そのご意志をもとに県の判断をせざるを得ません。
しかし、そのことによって次の法廷での争いの場が予測される以上、そうした解決ではなく、もう一度話し合いのきっかけを与えて下さいますことも、自主性、自立性という、地方自治の本旨に照らして考える時、法的に合理的な範囲内ではないかと感じております。
以上のことから、こうした手続きのことで司法の手をわずらわせますことは、誠に恐縮至極ではございますが、地方分権一括法施行後の地域での開発行政の在り方や、地域と企業とのコンセンサスの在り方という大きな視点、新たな視点から判決という形でご判断を賜りたいと考えております。
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(参考)
不作為の違法確認請求事件における陳述書(平成14年6月2日高知地方裁判所へ提出)
平成13年(行ウ)第18号 不作為の違法確認請求事件における陳述書
平成14年6月2日
高知地方裁判所 御中
高知県知事 橋本 大二郎
1 採石法に基づく採取計画及び森林法に基づく林地開発の許認可事務の位置づけについて
(1)本件の対象となっている採取計画及び林地開発の許認可事務は、平成11年度まで、国の機関委任事務として処理してきており、通達など国の指導を受けながら事務の執行にあたってきた。
しかしながら、平成11年7月にいわゆる地方分権一括法が制定されて、地方自治法等が改正され(平成12年4月施行)、当該事務は機関委任事務から、法定受託事務ではなく、より国の関与の度合いが低い都道府県の自治事務とされた。
(2)この地方分権の推進において、「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施にあたって、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。(自治法第1条の2)」ということが、基本の考え方として位置づけられた。
また、「地方公共団体に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づいて、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、及び運用しなければならない。(自治法第2条)」とされ、法令の解釈及び運用にあたっても、地方公共団体の自主性及び自立性を発揮することが期待されている。
(3)さらに、「市町村は、基礎的な地方公共団体として、第5項において都道府県が処理するものとされているものを除き、一般的に、前項(地域における事務及びその他の事務)の事務を処理するものとする。(自治法第2条)」とされ、地方自治における市町村優先の原則が明示された。
(4)このような制度改正の趣旨からすると、住民に最も身近な市町村の判断を尊重する必要があり、また、当該許認可事務に関するこれまでの経緯など、その特異性を考慮する必要もあるなど、11年度までの機関委任事務として行ってきた判断とは、事務を執行していくうえでの基本的な根拠が大きく異なってきている。
(5)地方自治法において、地域の特性に応じて事務処理を行うことを義務付けた自治事務制度が新設されるとともに、地方公共団体に関する法令の規定の解釈方針が新たに定められた現時点においては、自治事務である採石法第33条の4の規定の解釈も、地方公共団体の長である知事が、地域の特性に応じた判断を行うことを要請されることになったとみるべきである。
2 本件申請の特異性について
(1)中土佐町長から、平成12年6月30日付けで採石法第33条の6の規定に基づく意見書の提出を受け、また町議会からは、同年5月18日付けで地 方自治法第99条に基づく意見書の提出を受けた。
いずれも当該開発計画に対して反対する旨の意見であり、開発そのものに反対であること、ましてや採石法に基づく開発に対して、地方自治法に基づく地方議会からの意見書が提出されたことはこれまでに例がなく、地域住民を中心に幅広い意見の聴取が必要であった。
(2)また、地域の住民からは、当該開発計画に対して賛成反対それぞれの立場からの陳情や署名の提出が繰り返し行われ、13年5月には、町が住民意識調査を実施した。
その結果は、回答を寄せた住民の約3分の2が、当該開発計画に反対というものであった。
(3)こうした動きの背景には、地元である中土佐町のまちづくりの方向があると思われる。
現在、町は地元の産品や自然環境を活かした「大正市場」や「風工房」、あるいは「黒潮本陣」などを中心として、都市との交流をキーワードとした地域の活性化に取り組んでいる。
採石事業は、一旦事業に着手すると、長期にわたって岩石の採取を行っていくことから、一度失われた自然環境や景観、さらには、それに基づく町のイメージを取り戻すのは容易なことでなく、こうした中土佐町のまちづくりの方向とは相いれないという部分が、町長をはじめ住民の方々の意識の根底にあると思われる。
(4)また、環境に対する住民意識の高まりということも考慮する必要がある。
地球の温暖化防止対策などから、循環型社会への取り組みが大きな社会問題となるなど、今、人々の「豊かさ」に対する物差しは確実に変わりつつあり、開発事業が及ぼす環境や景観への影響などについて、これまで以上に考慮することが必要となった。
(5)その結果、中土佐町においては、採石法に例示された1.他人に危害を及ぼすか否か、2.公共の用に供する施設を損傷するか否か、3.農業、林業その他の産業の利益を損じるか否か、の3つの観点に加えて、採石事業による様々な環境への影響や、事業者による地域住民への説明責任をどこまで求めるかといった点について、事業者と地元の自治体や住民との間に切実な対立が生じているのである。
3 結 論
このように、許認可事務の根拠となる法令の枠組みが異なってきていることから、今回の案件については、機関委任事務当時の判断基準に加えて、本案件の持つ特異性はもとより、採石事業に関する本県の実情や、採石事業だ けではなく他の開発計画に対する影響、さらには、町長、町議会、住民の声なども踏まえた、広い意味での公益性(公共の福祉)の視点からの判断が求められており、慎重を期す必要がある。
したがって、行政手続法の標準処理期間は経過しているものの、行政事件訴訟法のいう「相当の期間」を経過しているとはいえないと考えている。
このため、この間、拙速に判断を下して、将来に禍根を残すことのないようにと、敢えて留保というかたちをとって、できるだけ多くの方々のご意見を聞くとともに、庁内での議論、検討を重ねてきた。