「森林率1位の県から、山を守る取り組みを」  高知県知事 橋本大二郎氏への特別インタビュー

公開日 2007年12月08日

更新日 2014年03月16日

「森林率1位の県から、山を守る取り組みを」  高知県知事 橋本大二郎氏への特別インタビュー

2003年度から、高知県で地方税として森林環境税が取り入れられることになった。高知県の各世帯と法人が年間500円を負担するというこの税は、なかなか立ち行かない日本の林業問題、森林問題に一石を投じるのではないかと見られている。議会では全会一致で可決したという森林環境税。そのいきさつと今後の展開について、高知県知事に話を聞いた。

*「夢の丸太小屋に暮らす」2003年9月号


全国でも初めての森林環境税が始まりました。
気になる使い道のほうですが。
山主さんに理解してもらうことも必要ですね。
経済的に山を成り立たせていくビジョンはありますか。
若い人が山で仕事をするようになるということですか。
 
 

-全国でも初めての森林環境税が始まりました。
(橋本)
 2000年の4月に地方分権一括法という法律の改正がなされて、高知県でも地方独自の税の検討が始まりました。いろんな案が出たなかで、最後に高知県にとっての必要性ということで残ったのが森林環境税だったんです。地方独自の税にはさまざまな目的があります。

 財源として税収を増やそうというものもあれば、産業廃棄物税など業者に対して課税することで産業廃棄物を減らそうというものもあります。そのようななかで森林環境税は、県民の皆さんに広く薄く負担していただくことによって、直接、山に住んでいない人や関わりをもっていない人にも、森林の問題を考えてもらい、その大切さを知ってもらおうということで始めました。

 森林環境税は、個人や法人の県民税に一律500円を上乗せする方式。約30万世帯がある高知県では年間1億4000万円の税収になる見込みである。
 

(橋本)
 高知県は700?あまりの長い海岸線がありますし、坂本竜馬の銅像が海に向かって建っているせいか、海の県というイメージがあります。それは間違っていませんが、実際には84%が森林という非常に山の多い県なんです。

 ところが、これは高知県だけの問題ではないのですが、外国から安い木材がはいってきて日本の木材がコストの面で太刀打ちできなくなった。そのため山を守り育てる人が減り、手入れが行き届かなくなり、荒れ果てた森林が増えています。

 その結果、これまで森林が果たしてきた、山に水を溜め、降った雨をゆっくり流していくという機能が衰えてきた。水源地の保全や洪水防止、また地球温暖化の原因といわれる二酸化炭素を吸着して酸素を出すという、私たちの暮らしに関わりのある公益的機能が衰えてきているんです。

 県がもっている財源をやり繰りして森林対策にあてることはできます。予算規模が減ったといっても5000億円余りありますから、一部分を削って使うことはできる。ですがそういうやり方では、街の人は公共事業が少なくなって山の事業が減ったから、山の人のために予算を投入したんだと思う。

 予算に関心のない人は、それすら思わないでしょう。そうではなくて、自分も負担しているのだから、山のことを考えてみようと思ってほしい。またそれによって、山に行き、触れ、考える人が増えればと思いました。
 

-気になる使い道のほうですが。
(橋本)
 税の創設までに、県だけでなく市町村の職員、また水源涵養の観点から高知市の水道局にも入ってもらって議論しました。各市町村で県民の意見を聞き、シンポジウムも行いました。

 そのなかで、税ができても役所が一方的に使うのでは本来の趣旨に反するのではないか、県民の委員会で使い方を議論してはどうかという意見があり、集まった税を基金としてプールし、一般の方から有識者まで含めた県民の委員会をつくって、県と一緒に議論して動かすかたちにしました。

 まだ予算全部の使い道が決まったわけではありませんが、広く山のことを知ってもらうために山の日をつくろうという取り組みがあります。海の日や空の日と同じように、“こうち山の日”というのをつくり、その前後の期間、多くの県民に山に行ってもらおうと。

 山でボランティアをするのもいいですし、山で森林浴をして森林環境のよさを味わうのでもいい。荒れ果てた森林を見てその状況を感じてもらうことも必要でしょう。そういった活動をしていきたいと思っています。

 もうひとつは間伐です。人工林の間伐がなかなか進んでいないのが現状で、川との距離が近い場所は、水源涵養や治水などの面から、緊急に間伐して山の保水力を高める必要があります。山主さんのご了解を得たうえでですが、森林環境税で強度の間伐をしていくつもりです。

 間伐そのものは、県でも重要課題として森林局で予算を組んで進めていますが、それとは別に象徴的な意味でやろうと。1億4000万円という予算は、一般の方からすると大金ですが、山での事業、とくにハード面で何かをやろうとすると、本当に小さなことしかできません。けれども、象徴的な強度間伐を行って、それを多くの人に見てもらい、山の問題に気づいてもらうことは意味があるでしょう。

 間伐は伐採と同じく技術が必要であり、費用もかかる。そのため、手入れのしにくい山は、場所にもよるが一度に半分以上を間引こうというのが強度間伐だ。そうすることで下草が生え、雑木も生えて、山の保水力が高まる。しかし強度間伐をすると残った木が強風で倒れてしまうのではないか、売れるようになる前にそんなに伐ってしまうのはもったいない、という所有者の思惑もあって簡単には進んでいない。
 

-山主さんに理解してもらうことも必要ですね。
(橋本)
 そうですね。いまは昔のようにすべてが経済的な価値をもった経済林とはいえなくなっています。そこで、経済林として見合うところを集中的に整備していくために、ゾーニングという作業を進めています。

 木を伐り育てていくことのできる資源の循環利用林、水源涵養や国土保全などのために維持する水土保全林、そしてそれこそツキノワグマにお任せするような生物保護林や原生的森林などの、森と人との共生林に区分しています。ですが、皆さん山で思いをもって仕事をしていますから、まだまだ経済的に勝負ができるのではと資源の循環利用林を望むケースが多いんです。

 嶺北地域にある早明浦ダムは、香川県の水源でもあり、その周辺の森林保全にということで香川県が県境を越えた予算を組んでくれました。ですが、水土保全林に補助しましょうということだったので、資源の循環利用林を望む場所では使えなかった。今年はその経験から、運用方法を広げてもらい、使いやすいようにしていただきましたが、そのように山主さんの思いとのずれもあります。

 戦後、日本各地で山の木が伐採され、スギやヒノキの人工林に変わっていった。人工林は手入れをしなければ維持できない森だ。だが木材の市場価格は30年前とほとんど同じかそれ以下。物価が上がり人件費が上がるなかで、木材だけは価格が下がっている。外国からの安価な輸入材もその動きに拍車をかけた。そのため、日本の山は補助なしには手入れも伐採もできない状態だ。
 

-経済的に山を成り立たせていくビジョンはありますか。
(橋本)
 ありません。あればとっくに国がやっているでしょう。日本だけならまだしも、これだけグローバル化され、安い代替品がいくらでも入ってくる時代です。机ひとつ買うにも、国内で木でつくるよりスチール製のものを買ったほうがはるかに安い。そういう問題にどう対応していくかということですよね。

 山の中だけ、従来の木材関係者だけで考えていても、なかなか市場性まで含めた考え方は出てきませんから、そういう意味でも街の人が山に入って、アイデアや知恵や現実的なビジネスの面を考えていく必要があると思います。確かに木は自然循環型にぴったりの素材ですし、日本人にとって馴染みのある素材です。

 けれど、スチール製品や石油化学製品などの代替品に比べて、あまりにも高いものになってしまった。コストの問題をどうしていくかというのは課題のひとつですね。研究開発によってコストを下げるという方法はあります。

 また補助を付けたり、税制や規制を外すことで下げる、あるいは負担を少なくする方法もあります。もうひとつはマーケットを広げることでコストを下げる方法。最初のマーケットとして公が果たす役割は大きいので、県のグリーン購入のメニューにも木材製品を入れていくようにはしています。

 これは民間の企業も一緒になってやらなければというので、高知県エコデザイン協議会という、企業と研究者と行政が一緒になった会をつくりました。そこで、マーケット拡大の方法について考えていますが、まだ結果としていいものが出ていません。

 バイオマスひとつとっても、なかなか経済的にやっていく方法が見つからない。本当に問題はいろいろあります。木材製品として一番需要が大きい住宅に関しては、かなり裾野が広がっています。

 関西では、勤労者関係の団体と提携して、モデルハウスや注文住宅に高知県の森林組合や木材関係者から県産材を供給しています。関西では「土佐匠の会」という工務店や大工の会があり、注文があればすぐ一定の材またはプレカット商品をお届けしています。実際に県の職員も取引先を回っています。

 ログハウスにしても、木造住宅にしても、高知県には地元の素材にこだわる建築家やビルダーが多く、高い評価を受けている。その背景には県内の豊富な森林資源があると思われるが、その森林での労働者数は年々減少している。
 

(橋本)
 林業労働者が激減し、高齢化が進むなか、予算をつけただけで山の手入れができるかというとそうではありません。それだけにハード面にお金を注ぎ込むよりも、都市の人にも山の問題は自分たちの問題だと認識してもらうことのほうが大切じゃないかと思います。

 森林は自分たちの飲み水をつくり、毎日吸っている酸素の供給をし、また地球の温暖化防止にも国土の保全にも密接な関係がある。だから、たとえ家や会社から森林が見えなくても、関心を持ってくださいねと。そしてその問題に対して何か自分にできることがあるなら、考えて行動してくださいと。

 いまはそのほうが大切なんじゃないでしょうか。この森林環境税が今後、四国で広がっていけば、それが全国への森林問題の大きなアピールになりますし、さらに全国的に広がれば、また山で仕事をしてくださる方も増えるのではないかと、長期的な目ではそう思っているんですけれども。
 

-若い人が山で仕事をするようになるということですか。
(橋本)
 若い人の山への関心は非常に高い。農業もそうですが、山でボランティアを募集したり、山仕事をする人を募集したりすると、Iターンも含め結構な数の人が来られます。しかし現実の山の仕事はそんなに甘いものではありません。

 それに山で暮らすというのは、アメニティ、ユーティリティの面でも非常に厳しいものがあります。カントリーライフなどというきれいなイメージだけではとてもやっていけない。ですから相当数の人が抜け落ちていきます。そういう人たちが頑張っていくには、それだけの経済性を山が取り戻さなければならない。

 それはなかなか難しいことですが、多くの人に関心をもってもらい、山と街とのいろんな交流が始まり、山の中での動きが起きることで、可能になるのではと思います。少しでも若い人が山に入って生活していくことができればいいですね。

 山に閉じこもるというのではなく、暮らしの拠点を山に置いて、活動していけるようになれば。その経済基盤が何かということはまだわかりません。森林に関わることですが、従来のようにただ木を伐って出すとか、丸太を加工して素材生産をするということではなく、もっと別のことかもしれません。ですが、そういう街と山がつながった暮らしができればと思います。


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